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ラジオシェイクradioshake

第46回 「福島いわき・道の駅よつくら港リニューアル1周年」

<かみかわ陽子ラジオシェイク 9月3日オンエア>

(上川)リスナーのみなさん、こんばんは。上川陽子です。

(鈴木)コピーライターの鈴木真弓です。よろしくお願いいたします。さあ9月になりました。陽子さんが国会に復帰して、早くも8ヶ月が経ちました。あっという間の8ヶ月だったんじゃないですか。

(上川)昨年12月の総選挙が終わり、今年1月から通常国会が始まって150日、無我夢中の8ヶ月でした。夏休みも地元に戻り、いろいろな行事に参加して、国会での活動を折にふれご報告してきました。

(鈴木)7月29日には、自民党総務会長の野田聖子さんが、かみかわ陽子政経セミナーの講師として静岡に来てくださいましたね。

(上川)野田聖子さんは自民党の三役・総務会長をお務めで、私も総務副会長としてお支えしています。9月にもしかしたら内閣改造があるかもしれないという話もありましたので、なるべく早く静岡に行きますよ、とお声をいただき、7月29日に来ていただくことができました。

(鈴木)野田さんは、安倍総裁が自分を総務会長に指名したのは、細川政権時の完全アウェイな状況下で初当選した同期組だったから、ブレないから、おっかないから、とジョークを交えておっしゃっていました。ブレない、おっかないって、陽子さんもよく言われませんか?

(上川)そういう意味では共通したものがあるなと思います(笑)。野田さんは今、障害を持って生まれたお子さんを一生懸命育てていらっしゃいます。私も女性の立場として精一杯応援したいと思い、自民党の役員会等にも代理出席したりしています。

(鈴木)いずれにしても、男女共同参画が叫ばれる中、日本の国会には女性議員が少なすぎますね。陽子さんが座長を務める自民党女性活力特別委員会でも、2020年までに女性管理職を30%にするという数値目標を掲げています。国会がその模範を示すには、何が必要でしょうか。

(上川)政治家になりたい、国会議員になるんだ、という女性がまず現れないといけませんね。自らの意思で政治の道に進み、皆さんのご支援で当選していくという一連のプロセスは確かに大変なものがありますが、候補者がいなければ選挙はできません。自民党の中では、次期国政選挙ではこれまでの倍の女性候補者を立てようと計画しており、女性活力特別委員会としても女性の活躍を後押しする方策を石破幹事長に提言したところです。公約として実現できるよう、厳しい目を注いでいかねばと思っています。

(鈴木)野田さんは、上川さんには日本初の女性総理の声も期待されている、とエールを送ってくださいました。支援者の皆さんへのリップサービスかもしれませんが、可能性がなければ、そんな発言を軽々に公の場ではされないだろうという気もします。

どんなふうに聞かれました?

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(上川)政治家になるすべての人は、総理大臣になってこの国を動かすんだという志がなければ務まりません。その意味では、すべての国会議員が努力しなければならないというメッセージだと受け止めました。

富士山も、頂上に着くまでにはいろいろな登り方があると同じように、頂上を目指すんだという強い志がなければ途中で滑落してしまうでしょう。野田さん自身にも、そういう思いがおありなのだと思うんです。野田さんが総理大臣になったら私が官房長官を務めさせていただきたいと思っています。(笑)

       ♪ 

 (鈴木)さて、7月のかみかわ陽子政経セミナーの会場では、来場者の皆さんに、福島の桃を買っていただき、義援金にしましたね。

義援金は私がお預かりし、8月、福島県いわき市の『道の駅よつくら港』へうかがって、運営団体のNPO法人よつくらぶの佐藤理事長に直接お渡ししてまいりました。ご協力ありがとうございました。

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(上川)道の駅よつくら港は、震災直後の2011年4月に私と真弓さんでうかがって、6月には静岡から20名が炊き出し応援隊ボランティアとして駆けつけました。静岡産のお茶やわさびや黒はんぺんを食べていただいたんですよね。

11月にはよつくらの皆さんが静岡へお礼に来てくださり、震災1周年の2012年3月11日には静岡といわきをインターネット中継で結んで追悼イベントを行いました。

被災した道の駅よつくら港は、2012年8月11日にリニューアルオープンし、先月、リニューアル1周年記念のイベントも行われました。できればお祝いに駆けつけたかったのですが、時間がとれず、せめてもの気持ちとして桃を購入し、その売り上げを寄付させていただいた、というわけです。

(鈴木)用意した200箱の桃はすべて完売でしたね。

(上川)売上義捐金は、真弓さんに直接届けていただいた次第です。

(鈴木)福島の農産物は、いまだに風評被害に遭っていると聞きます。

(上川)静岡産のお茶も苦しい時期がありましたね。ただ、スーパーに並んだ「福島産」の野菜や果物に躊躇する人も、直接知っている人から買う、現地で頑張っている姿を知っているから買う、という気持ちになってくれると信じてご用意しました。本当にご協力ありがとうございました。

これからも、「福島産」の表示を見たら、あのよつくらの佐藤さんたちの仲間が作っているんだと思って応援していただきたいですね。

(鈴木)リニューアルした道の駅よつくら港の建物はとても立派で鮮やかで、堂々とした地域交流館になっていました。津波対策として、地面を高くし、2階建てにして、いざというときは2階で何日か避難生活が送れるように準備されたようです。

(上川)今、真弓さんが撮って来てくれた写真を拝見していますが、ホームページではわからなかった周辺の被災地の様子がわかります。基本的にはあの震災直後の状況とさほど変わっていないような印象を受けました。そんな中、道の駅よつくら港は素敵な道の駅に生まれ変わりましたね。賑わっていたでしょう?

(鈴木)陽子さんの事務所で大量購入した桃も、今が旬ですから、たくさん並んでいましたよ。ほか、1階は地元の朝どり野菜、手作り惣菜やお弁当、特産品などの直売所になっていて、大変賑わっていました。2階はフードコートになっていて、海鮮丼や会津のそば、ラーメン、釜飯などが味わえます。海に面した眺めの良いテラスで、夜は打ち上げ花火を楽しみました。どこの地域でも見られるようなごく普通の港の夏祭り、といった感じでしたが、四倉港は漁船がまだ出せない状況でしたので、船が活発に行き来する姿は見られませんでした。港の一角には座礁した船が産廃ゴミのように山積みになっていて、やはりここは被災地なのだと気づかされましたね。

(上川)道の駅よつくら港は、被災直後もこいのぼりを掲げ、人々が食料や物資を持ち寄って情報交換をしていましたね。地域にとって欠かせない交流拠点だと思いました。どうしても住民がちりぢりになってしまうと地域としての力が発揮できなくなってしまいます。あの場所が、ある意味、地域の力の源になるんでしょう。

福島県は沿岸部と内陸部で地域が区切られていますが、震災直後は被災した沿岸部の浜通りに、内陸部の会津等からボランティアが大勢かけつけたそうです。静岡県も、日頃から沿岸部と内陸部の地域間交流を大切にしなければと実感しました。

(鈴木)震災直後に目の当たりにした久ノ浜や薄磯といった沿岸地域は、さすがに瓦礫はきれいに撤去されていましたが、ほとんどの家が高台へ移転したようです。本当にふだんは美しい、風光明媚な海岸なのに、ここにはもう住めないんだろうなあと思うと切なくなります。陽子さん、覚えてらっしゃいますか。久ノ浜で神社の小さなほこらがぽつんと建っていましたね。先月見たとき、そこに、「ふるさとはここにあり」という旗がはためいていたのが印象的でした。

(上川)震災直後に回ったときは、本当に生活がいきなり寸断されてしまったというか、多くの遺品が、生活感そのまま、という感じで残っていたことに心が痛みました。きれいになったとはいえ、そこに住むことが出来ないという現実は大変厳しいと思います。写真を拝見すると、海岸の防波堤をどうやって再構築していくのか気になりますね。

(鈴木)薄磯地区では、防潮堤の建設準備が始まっていました。まだ足場が組まれただけでしたが、海岸線が、高い高いコンクリートの壁に覆われてしまうわけです。よつくらぶの皆さんは「海を眺めに行くのに、ひと山越えなければならなくなる」と苦笑いしていましたが、これが本当に、海と共に暮らしてきた町の将来にとっていいことなのかと思ってしまいました。

(上川)こちらの写真は壁にメッセージが書かれていますね。

(鈴木)道の駅よつくら港の建物の柱に銅版で貼り付けた子どもたちのメッセージです。

(上川)「おそとで遊べるように」「ほうしゃのう、なくなれ」なんて書いてありますね。いや、本当に佐藤さんたちの様子を静岡の方にお伝えできることが出来てよかったです。これで終わりではなく、今後も交流を続けていきたいですし、また静岡から応援隊として行きたいですね。

(鈴木)いわきのみなさん、黒はんぺんを食べたいとおっしゃていましたよ。

(上川)ぜひ行きましょう。

(鈴木)いわき市の小名浜漁港にある物産センター「いわき・ら・ら・ミュウ」で、ちょうど東日本大震災の写真展が開かれていたんです。そこで、静岡市消防局の皆さんが救援活動をしている写真がパネルで大きく飾られていて、ちょっぴり誇らしく思いました。当時はいわきにも静岡からたくさんの人が救援に駆けつけたんですね。

 (上川)静岡は東海、東南海地震の危険性が早くから叫ばれていましたから、いろいろな形で被災地支援に駆けつけた方も多かったでしょう。静岡市消防局の活躍、すごい大きなパネルで紹介されていたんですね、誇りに思います。

9月は防災を考える大事な月でもあります。災害は忘れた頃にやってくると言いますが、東日本大震災の教訓を100%活かすためにも、この2年余りの復興支援の歩みをしっかりと検証していきたいと思っています。

(鈴木)今年はとくに天候不順や水害等、自然災害に見舞われる地域が多いですね。あらためて国土強靭という言葉をかみしめます。

(上川)自民党では、災害に強い国土強靭化計画を進めています。何十年も経った橋や道路はきちんと補強しなければなりません。身の回りで危ないな、不安だなと思うインフラがあったら行政のほうに寄せていただくなど、自分たちの地域は自分たちで守り、強くしていくんだという意思と行動を共有していただきたいと思っています。

さあ、そろそろお時間となりました。最後までおつきあいくださったリスナーのみなさま、ありがとうございました。それでは次回まで、ごきげんよう。

 

法務大臣 活動記録 2017.8.3~、2014.10.21~2015.10.7 総務副大臣 活動実績!

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