<かみかわ陽子のラジオシェイク 4月2日オンエア>
(上川)リスナーのみなさん、こんばんは。上川陽子です。
(鈴木)コピーライターの鈴木真弓です。よろしくお願いいたします。さあ、ラジオシェイクはこの4月で3年目を迎えましたね。
(上川)本当に多くの皆さまのおかげで、こうして放送を続けることができるんだなあとしみじみ思います。政治家として考えること、取り組んでいることを、ふるさと静岡の皆さまに、自分の言葉で、直接、お伝えできる大切な場所です。国会議員に復帰し、今は週のほとんど、永田町に缶詰状態の生活になりました。それだけに、週末に静岡へ帰って、こうしてエフエムハイのスタジオに入ると、ホッとしますね。
(鈴木)このスタジオも、陽子さんにとってはふるさとの実家、みたいなものですね。
(上川)これまでラジオシェイクでお話してきたことは、日本、静岡の未来づくりにとって看過できない重要なテーマだと思っています。お聴き逃しの方のためにも、できたら本のようなまとまった形で再発信できたらな、と考えています。真弓さんも協力してくださいね。
(鈴木)おまかせください。さて、静岡市内は現在、おせんげんさんのお祭り、廿日会例大祭で賑わっています。お祭りオンナの陽子さんにとっては、じっとしていられないんじゃないですか?
(上川)そうなんです。この時期が来ますと、私、心も体もウキウキしてしまって、日本人だなあと思います(笑)。以前、お話したと思いますが、静岡まつり実行委員会から改革案を出してくれ、と言われ、市民総おどり・夜桜乱舞を提案させていただいたのがきっかけで、長くお祭りに関わるようになりました。静岡まつりというのは、静岡市中心部の商店主や市民有志のみなさんが企画運営する地域型のイベントですが、おせんげんさんの廿日会祭は、静岡浅間神社の古式ゆかしい伝統行事です。その違いがよくわかっていない市民の方も多いと思います。今日は、ゲストをお招きしましたので、ご一緒に、おせんげんさんの廿日会祭について少し考えてみたいと思います。
(鈴木)では今日のゲストをご紹介します。フリー編集者の平野斗紀子さんです(写真:下)。平野さんは静岡新聞社で長年出版事業に関わっておられ、新聞の編集部門のひとつ整理部で記事のレイアウト等も担当された活字編集のプロ中のプロ、というかたです。私もライターとして日ごろ大変お世話になっています。平野さんは現在独立されて、編集作業や自費出版の請負業務を手がける一方、「たまらん」という地域コミュニティ新聞を自主発行しています。
(上川)こんばんは、平野さん。ようこそお越しくださいました。
(平野)こんばんは、平野斗紀子です。今日はお招きありがとうございました。
(上川)平野さんは2年前に独立されて、「たまらん」という新聞を作られているんですね。私も読ませていただきましたが、静岡市内の中心商店街から中山間地エリアまで、実にきめ細かく取材されておられますね。しかもプロが作った新聞ですから、デザインも洗練されているし、読みやすいし、情報のバランスもとれています。愛情がこもった内容で、大変読み応えがあります。まずは「たまらん」って名前、どういう意味があるんですか?
(平野)ありがとうございます。ご存知の方も少なくなっていると思いますが、東京オリンピックのとき、ソ連にタマラ・プレスという女性の砲丸投げの選手がいまして、私は当時太っていたので、タマラというあだ名を付けられていたんです(笑)。自分が独立したとき、そのことを思い出し、プレスという言葉はPRESS(広報)という意味もあるので、編集室の名前をタマラ・プレスとし、新聞は「ん」を付けて「たまらん」としました。たまらなくいいということを「たまらんいいねえ〜」と言いますし、新聞社の元上司は「カネが貯まらん」と冷やかしましたが、ひらがな四文字でやわらかい感じがして自分では気に入っています。
(上川) 私も「たまらんいいなあ」と思いましたよ(笑)。ところで昨年4月発行号で、おせんげんさんの廿日会祭について取り上げましたね。どういうきっかけで?
(平野)廿日会祭を特集しようと思ったきっかけは、上川さんと同じように自分がお祭り好きなのと、両親が遠州の出身で、ものすごく熱い祭り好きの血を受け継いでいたからなんです。私自身は生まれも育ちも静岡市で、静岡のお祭りといえば、遠州の参加型の熱い祭りに比べておとなしめで、ただ見物するだけ、というイメージを持っていました。安東地区で暮らしていまして、幼い頃から親しんでいた長谷通りの山惣さんというお蕎麦屋さんのご主人から、あるとき「昔は廿日会祭といえば氏子衆が燃えたんだよねえ、学校が休みになり、みんなでお祭りに参加したのが楽しくてたまらなかった」と聞いて、静岡の祭りもそんなに熱かったんだ・・・と気づき、興味を持って、神社や氏子のみなさんを取材したんです。 廿日会祭では、静岡市中心部のいかずち神社か、駅前の小櫛神社のどちらかから練りが出て、氏子衆はそのどちらかの練りに参加して神輿を担ぎ、お囃子を奏でたり踊ったりしているって私も初めて知りました。中にはそのお祭りだけに生きている、みたいな熱い人たちがいるというのも知りました。
(上川)稚児行列に参加した子どもたちの写真が載っていますね。子どもたちにとっては伝統行事に参加したという経験が、大人になって地域へのつながりや愛着につながるんでしょうね。
(平野)一番印象的だったのは、踊りのお稽古などで、子どもたちが本当に真剣に教わっているということでした。みんな本当に真面目に指導を受けていました。大人が夢中になって教えることは、子どもも真剣に覚えようとするでしょうし、大きくなって自分たちが教える番になったときに活かされるはずです。伝統というのはこうやって受け継がれていくんだなあと思いました。
(上川)昔は各町内から練りが巡行する地域挙げてのお祭りでしたね。お祭りの期間中は学校が休みになり、しっかり準備をしていたものですが、少しずつ地域のつながりが薄れ、お練りに参加する熱も冷めていき、これからは受け継ぐという意識をしっかり持たなければ維持できなくなるのかもしれません。その意味でもこうして「たまらん」を通じて紹介していただけたのは、ものすごく大きな仕事をされたなと思います。「たまらん」をきっかけにお祭りの参加者が増えるといいですよね。
(平野)そうですね、とくに小さなお子さんをお持ちのお母さん方は、昔は町内で無理やり参加させられ、いやが上でも地域のつながりを持っていたのですが、今は、個で動く方がほとんどでしょう。子どもにこんなことを習わせたい、通わせたいということを個人で判断して選んでいかなければなりません。そういう時代に来てしまっているので、だったら、この新聞を通じて「うちの子に稚児舞を経験させてみようかしら」と思っていただけるのなら、すごく嬉しいし、役割を果たせたかなと思います。
(上川) 実は、廿日会祭と静岡まつりは、たまたま同じ4月の桜の時期で重なることもあるんですが、全然別のお祭りなんですよね。
(平野)そうなんです。静岡まつりを、おせんげんさんのお祭りだと思っている人も多いようですが、廿日会祭がおせんげんさんのお祭りで、静岡まつりは、静岡市中心部の商店街のお祭りですね。どうしてそうなったのか古い話でよくわからないのですが、一般の人は事情がわかっていないので、静岡の春のお祭りとして一緒に出来ればいいのにな、と思います。廿日会祭はおせんげんさんでやり、静岡まつりは中心商店街でやるといっても、観に来る人にとっては同時期に市の中心部全域でやってくれれば廻りやすい。総合的に楽しめる市を挙げてのお祭りになってほしいと個人的には願っているんですが。
(上川)廿日会祭は宗教行事であるという理由で、市民行事とは分けてやるという意識があるようですが、ぜひ現場から声を上げて変えてほしいと思います。
(平野)そういう声を上げるお手伝いができれば私もやりがいがあると思っています。 ♪
(鈴木)ところで、平野さんの新聞「たまらん」には、“里ネタ”とか“オトコマエ農家”というコーナーがありますよね。中山間地の魅力や農業の若い担い手を紹介しています。平野さんが静岡新聞編集局時代、農業紙面を担当されていたことがきっかけだったと思いますが。
(平野) 新聞で農業面を、自分からやらせてくださいと手を挙げて担当しました。それ以前、出版局にいたときに、「旬平くん」という農業雑誌を担当しまして、バブリーな時代でしたが農業に活路を見つけて頑張る若くて意欲的な生産者たちと会いました。現在は、静岡県を代表する生産者として大活躍している人たちです。当時、彼らは苦労して苦労して専業農家として必死に頑張っていて、地域の将来のこともきちんと考えて仕事をしている人たちでした。働き盛りの頃、バブリーで浮かれたような時代にもかかわらず、彼らのような人たちに出会えたのが自分にとってのターニングポイントになりました。「たまらん」で、静岡市内の街中の人たちと山間地の人たちをつなぐような記事を作りたいと思ったとき、まっさきに、農業を取り上げようと思ったんです。
(上川)農業従事者にとって、農業という仕事は、自分で選んで就いたと同時に、長年受け継がれた田畑を守り伝えるという使命があってのことだと思います。私も農業の問題に関わらせてもらい、国づくりにとって基本的なことを考えさせてくれる大切な場だと感じています。
(平野)静岡市はある意味恵まれています。少し山のほうへ行けば林業に携わる人にも会えるし、水産業の人たちともすぐに会える。第一次産業のあらゆる生産場面に出会えます。林業青年の中には、30〜40代の生産者で「今、自分たちが育てている樹が材木として活用できるのは100年ぐらい先。自分たちがそれを見ることはできないが、そのときのために今頑張っている」と自然に語れるし、子どもたちにも語って聞かせることのできる人たちがいます。それってものすごい財産だなと思うんです。
(上川)今、TPPの問題で日本の国が揺れていますね。GATTウルグアイラウンドでは林業が開放され、海外から安い材木が入ってきて日本の林業は壊滅的な打撃を受け、山が荒れてしまいましたが、その中でも必死に頑張る生産者がいて、合板加工の分野では地産地消が保たれ、自給率は60%をキープできています。それが再び、TPPでやられてしまうとなると本当に大変です。こういうものが大事であるということを一人でも多くの人に理解していただきたいですし、待ったなしの対策が求められます。平野さんのように地域を回られ、本音の声を吸い上げてくださる方のお力を活かしたいですね。
(鈴木)平野さんは陽子さんにどんなことを期待されますか?
(平野)今までは、こういうことが必要だとか、地産地消や中山間地と都市部をつなぐということを理想として掲げる人がいますが、実際に具体的な動きを作っていくということが少なかったように思います。ぜひ具体的なことをやり始めていただきたいですね。
(上川)現在、農家のお母さんたちの朝市とか、市内4ヶ所のじまん市のような場所が市民の方に愛されていますが、制度的なしくみとしてもう少し機能させたいと思います。「たまらん」創刊号で特集されていた市場=マルシェ、スーパーマーケットではなく、生産者の顔が見える市場ですね。そういうつながりをもっと大事にしていく。静岡でも全国でも求められているのだと、平野さんからの貴重な叱咤激励として受け止めたいと思います。
(鈴木)平野さんはもっと多くの引き出しを持っておられる方ですが、今日は時間切れとなってしまいました。平野さん、ありがとうございました。
(平野)ありがとうございました。 ♪
(鈴木)今日はおせんげんさんの廿日会祭と静岡まつりの違いについて、大変勉強になりました。静岡市民なのに知らないことがあまりにも多くて、恥ずかしくなりました・・・。
(上川)私も今日はたくさんヒントをいただきました。リスナーの皆さんも、開催中の廿日会祭、今までとは違った新しい視点で見つめなおし、参加し、愉しんでいただきたいと思います。 さあ、そろそろお時間となりました。最後までおつきあいくださったリスナーのみなさま、ありがとうございました。それでは次回まで、ごきげんよう。