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かみかわ陽子

論文・対談・投稿・マスコミ

 

( 2004.6.6  静岡県司法書士政治連盟講演)

司法制度改革の理念と「司法ネット」構想

〜「身近な司法」をめざして〜

                        

衆議院議員 上川 陽子

(目 次)

1.はじめに

2.小泉構造改革と司法制度改革

3.自由民主党の取組み

4.「司法ネット」構想の背景

5.アクセス障害の現状分析

6.「総合法律支援法」の概要

7.日本司法支援センターに望むもの

 

1.はじめに

(1)   本日は,このように皆様の前でお話しする機会を与えていただきまして,まことにありがとうございます。衆議院議員の上川陽子でございます。暦の上でも,初夏を迎えておりますが,静岡は,本当に暑いですね。本年は,ご承知のとおり参議院選挙を控え,永田町に吹く風も負けず劣らず,本当に「熱い」ものがあります。

  さて,「天気」は,暑く盛り上がってきていますが,「景気」は,というと,相変わらずはかばかしくありません。たしかに回復基調にある,という報道もありますが,なかなか国民一人一人の生活実感として,「良くなってきたなあ」と感ずるには今一つ時間がかかるようです。私も,ここ静岡の,そして国政のために日々尽力する毎日ではございますが,返って来る声には,明るい声はたしかにありますが,未だ,すがすがしい風を感じることは,なかなか難しいようです(それだけに,改めてがんばろうと奮起するわけですが。)。  

  

  一方,国際舞台に目を向ければ,イラクの戦後復興への協力,人質問題の解決,さらに,小泉総理の訪朝で(全員とはいきませんでしたが)拉致被害者のご家族5名が帰国した北朝鮮問題など,21世紀の国際社会における我が国の位置付け,立場といったものを改めて考えさせられる大変大きな問題が生じている状況にありま国内においても,小泉総理のリーダーシップのもと,特区構想を始めとする規制改革や構造改革,特に,国民の目線に立ったさまざまな社会・済制度の改革が推し進められております。要するに,我が国社会は,今,歴史的な変革期にあるといってもいいでしょう。

(2)  本日は,その大きな変革のうち,司法制度改革というものにスポットをあて,その位置づけ,そして,その中で,司法ネット構想というものがいかなる意味を有するのか,特に,司法書士のみなさんにどのような関係があるのか,その先に見えるものについて,私なりの感じていることを中心にお話しさせていただければ,と思います。

 

2.小泉改革と司法制度改革

○ 「規制改革」の意味

 皆様もご承知のとおり,小泉総理のリーダーシップのもと,我が国は目下,政治改革,行政改革,規制緩和,そして司法制度改革と,具体的な改革課題に取り組んでいます。それは,さながら我が国の社会システムを根底から見直す,大手術であります。これらの改革は,一言で言えば,国民一人一人が,いわゆる「おかみ」から管理される,単に従属する立場から脱却し,自らが透明なルールと自己責任の原則に従って行動し,名実共に我が国の主役となる,活力ある公正な社会を作ろうとするものに他なりません。

 ご承知のとおり,政府は特区認定を続けておりますが,静岡でも「しずおか景観形成促進特区」が認定されております(平成16年3月24日認定。条例違反の広告物の簡易除却対象を拡大するもの。)。これなども,まさに国民からの生の声を我が国のあり方に反映していこう,という営みに他なりません。

  たしかに,我が国の戦後の歴史をひもとけば,いわば「優秀な官僚組織」によって構成された行政の事前規制がうまく機能し,「和」を重んじる国民性とも相まって紛争は未然に防止され,「復興」から「成長」へという一つの目標に向かって,国民一丸となって走りつづけ,世界的にも類を見ない,驚異的な経済成長を遂げてきました。

  しかし,このような事前規制型社会で成り立っていく素地が,現在の,そして,これからの我が国にはあるでしょうか。「復興」から「成長」へなどといった一つの価値観で我が国が成り立っていた時代は終わりを告げ,国民一人一人の価値観は多様化しています。IT社会の進展に伴い,莫大な情報が氾濫するとともに,国民の経済活動も「ボーダレス化」しています。人の移動も大変自由になりました(静岡でも,ブラジルや中国といったところから働きに来ている方が増えてきていると承知しています。)。このような著しい社会の複雑・多様化,国際化等の変動を踏まえ,我が国の政府,つまり「おかみ」が総てを事前に仕切り,規制し,それで成長がのぞめるかというと,答えは「ノー」であります。

  そこで,考えられたのが,事前規制を極力廃止し,予め定められた透明で分かりやすい公正なルールに従って,国民一人一人が自己責任の原則のもと,自由に「発想」し,「創造」し,「活動」する,その結果,紛争が生じれば,事後的にチェックするという事後監視型社会に変えていこう,という考え方です。つまり,これまでのやり方では,国民の自由闊達な活動が制限されるばかりで,社会の活力がそがれるばかりだ,ということに気付いたわけです。

  皆さんもご承知のとおり,郵政公社化,郵便事業の民間開放が行われました。これなども,事前規制を廃したことが生んだ,自由な発想に基づく新たなサービスの一例だと思います。

   ○ 司法制度改革の位置

  しかし,事前規制型の社会から事後監視型の社会に移行するということは,必然的にある程度のトラブルが生まれてくることは容認しなければならないことにもなります。これまでは,国民がハンドルを回そうとすると,その前に,そのハンドルの回し方,アクセルの踏み具合について「行政」という存在が「事前に」決めていたのが,これからは国民一人一人がまず自分で,どの程度ハンドルを回せばいいか,アクセルの踏み具合はどの程度かを考えなければなりません。

 たしかに,どこまでハンドルを回していいか,アクセルを踏んでいいか,を示す「法」というルールは存在します。ただ,これまでは「行政」がルール,時には行政が作り上げた不透明なルールに反する運転をさせないよう,事前に規制してきたのです。これからは,国民一人一人が自分でルールを参照して,その能力と責任において行わなければならないのです。そうなるとやはり,ある程度のトラブルは生じてしまうことから,これを事後的に解決するという仕組みがあることがどうしても必要なわけです。

  では,そのような問題はだれが解決するのか。

  それは,「司法」であります。つまり透明なルール,すなわち「法」に違反した者に適正迅速に制裁を科し,あるいはルールにのっとった権利・利益を保護実現するという事後監視の役割を担うのは,第一に司法なのです。21世紀における我が国の新しい形である事後監視型社会を支える要,それが司法なのであり,司法機能の飛躍的な拡充強化が必要になってくるわけです。

  このように,我が国自ら,その国のあり方を見直すための大手術とも言うべき一連の規制改革は,この司法制度改革が完成することによって,はじめて,自己完結的なものになり,責任ある構造改革だ,というべきものなのです。

  また国際社会からも,我が国がその意思決定過程が分かりやすい国,国際的な水準に合致した透明なルールと自己責任が支配する国と思われなければ,まともな国際社会の一員として相手にされることが無くなってしまうでしょう。もしそんなことになれば,天然資源に乏しい我が国の経済的繁栄はおぼつかないものとなってしまうでしょう。つまり,事後監視型の社会への変革,その実現の要としての司法制度改革は,国際化の進展という観点からも,極めて重要な改革課題であるといわなければなりません。

  とにかく,このような改革を実現しない限り,我が国は生き残っていけないのであり,その意味で,司法制度改革を始めとする構造改革は,安全保障政策に勝るとも劣らない重要な改革と言えるのです。

 

3.自由民主党の取組み

(1)  若干の経緯

  このような認識,すなわち猛烈なスピードで変わりゆく我が国社会及びこれを取り巻く環境に,我が国の司法は,国家的インフラとして十分か,責任ある小泉構造改革を成し遂げる最後の要として,司法制度改革が強力に推進されなければならない,という認識から,司法制度のあり方を総合的,専門的に審議検討する場である,自由民主党の「司法制度調査会」(保岡興治衆議院議員を会長とする。)は,平成13年5月10日,「21世紀の司法の確かなビジョン−新しい日本を支える大切な基盤−」を世に発しました。

   それから,ほぼ3年が経過した今日,司法制度改革審議会意見書の取りまとめ,審議会意見書の趣旨にのっとった司法制度改革を推し進めるための司法制度改革推進法の制定,同法に基づく司法制度改革推進本部の設置,司法制度改革推進計画の閣議決定を経て,法科大学院制度の創設(静岡も来年度の設置を目指し,ご努力されていると承知しており,期待が高まります。このあたりもお話したいところですが,今日は,割愛します。),いわゆる裁判員法,総合法律支援法(いわゆる「司法ネット」法),司法制度改革のための各法案の提出やその成立をみるに至り,制度の改革は着実に進展しつつあります。

  司法制度調査会は,あるべき司法制度の姿を求め,司法制度改革推進本部を中心とした政府の動きを注視するとともに,国民のニーズを幅広く受け止めて総合的な検討を重ねてきておりますが,私は,その調査会のもとにあります,「経済活動を支える民事・刑事の基本法制の整備に関する小委員会」の副委員長として,特に,我が国社会の基本インフラとしての司法のあり方という切り口から,議論を取りまとめるなどをしてまいりました。その検討姿勢を貫くもの,それは「国民の視点」であります。

(2) 「国民により利用しやすく,分かりやすく,頼りがいのある司法制度」の構築〜制度の基本理念

 先ほど,司法制度改革の重要性を述べたところで,「これからは,国民一人一人の能力と責任において行わなければならない。そうなると,やはり,ある程度のトラブルは生じてしまう。」などと申し上げました。これを聞いて,皆さんの中には,「なんとも乱暴な話だな」などと思われた方もいたかもしれません。ある程度のトラブルはやむをえない,あとから,司法でちゃんと解決するのだ,といっても,一体,国民の生活の中にどこに司法がいてくれて,ちゃんとトラブルを解決してくれるんだ,と疑問に思った方もいるかもしれません。 しかし,実は,その視点・思いこそ重要なのです。

 確かなビジョンにおいても,そして,その後の司法制度調査会での検討においても,明確に意識されてきた「国民の視点」とは,「国民の期待に応える司法制度」とするため,司法制度をより利用しやすく,分かりやすく,頼りがいのあるものとする。」ということです。これは,司法制度改革審議会の意見書にも反映された視点です。

 この「国民により利用しやすく,分かりやすく,頼りがいのある司法制度」の構築という問題意識は,「敷居が高い」という国民の司法に対する評価への率直な反省に立脚するものに他なりません (ちなみに,小泉総理も次のように発言しています。「全国どの街でも法律上のトラブルの解決に必要な情報や法律扶助などのサービスの提供を受けられる仕組みを国民は求めている。司法が誰にとっても「手を伸ばせば届く」存在となるよう,弁護士がいない地域の解消など,司法ネットの整備に向けた検討を進めていくようお願いしたい。」(第5回司法制度改革推進本部会合)と。) 。

  このようにして,構造改革の最後の要たる司法制度改革においては,その大きな改革課題として,「では,どのようにしたら,「敷居が高い」という司法へのイメージを払拭できるのだろう。」,「司法というものが,国民に身近な存在になるのだろう。」という問題があることが意識されたわけです。

  そこで,ここからは,この改革課題に取り組んだ,「司法ネット」構想の背景について掘り下げ,そして先般成立した「総合法律支援法」の概要について,述べていきたいと思います。

 

4.「司法ネット」構想の背景

  日頃の新聞報道などに接しておりますと,今,仕事や生活で法的な問題を抱えている国民は少なくないのではないでしょうか。倒産や破産といった経済状況を反映したものもあると思います。キャッチセールスや訪問販売に端を発した契約トラブルも増えているように思います。身に覚えのないインターネット料金の不当な請求事件も後を絶ちません。

 また,国民一人一人の意識としても,問題を法的に解決することへの志向も強まっているでしょう。「訴えてやる!!」といったフレーズがお笑いグループのギャグになったり,テレビ番組で仮想のトラブル事例を持ち出して,「最強弁護士軍団」なるものが登場し,その結論を議論し合う,そんな法律相談バラエティーものが大変流行ったりしていることからも分かります。そこには,社会が都市化し,家庭が核化し,地域コミュニティーが確固たるものでなくなっているという背景もあるでしょう。

 しかし,このような現実があるにもかかわらず,個々の国民にとっては,本日お集まりの司法書士さんといった専門家のみなさんも含めた「司法」という存在そのものが,「手を伸ばせばそこにある」と言える状態には,ほど遠い状況ではないか,と言わざるを得ないように思われます。

 「事後監視型社会への転換に対応し,司法の体制を充実強化しなければならない」との認識に立って推し進められている司法制度改革は,法曹養成制度の抜本的改革,裁判など紛争処理手続の迅速化,いわゆる裁判員制度の創設など,司法制度の中核的仕組みの改革を進めてきました。ただ,その過程で,先ほどの素朴な疑問,すなわち,「ある程度のトラブルはやむをえない,あとから司法でちゃんと解決するのだといっても,一体,国民の生活の中にどこに司法がいてくれて,ちゃんとトラブルを解決してくれるんだ」,との疑問に端的に応えることができる仕組みの構築(国民の法的解決へのアクセスを保障する実質的環境の整備)という大きな課題があることを認識せざるをえませんでした。司法的な紛争解決に至る様々な過程でのアクセス障害を解消することこそ,未然に紛争を防ぎ,紛争を生じた場合でも深刻な事態に陥ることを防いで迅速適切な事案処理・権利の実現を導き,司法制度全体の円滑な運用にもつながるものであり,社会全体のコスト軽減をもたらす観点からも重要であることが共通理解となったのです。

 「司法ネット」構想は,「敷居」が高い,というイメージに象徴される国民の司法に対するアクセス障害を解消し,国民の司法へのアクセスを容易にするための総合的な体制の整備のための施策として位置付けられるもの,ということができるのです。

 

5.アクセス障害の現状分析

 では,ここで,本日お集まりの司法書士の皆さんも含め,「司法ネット」構想がどんなことをしようとしているのか,そして「司法ネット」構想についての私の問題意識を,より理解してもらうために,国民の司法に対するアクセス障害というものがどういうところで生じているのかを,若干分析してみることにしましょう。

(1) 拠点の重要性〜適切な場がない

   裁判所は,全国に本庁,支部,出張所を併せて約1,000ヶ所(最高裁,高裁及びその支部,地裁及びその支部,家裁,その支部及びその出張所並びに簡裁合計1,036カ所)あります。弁護士会や司法書士会は,各県に組織されています。しかしそれでも,司法は国民からは依然として「敷居の高い」存在である,と言われ続けています。たしかに,「裁判沙汰」という言葉に象徴されるように,「社会風土」として司法制度を敬遠する向きもあるかもしれません。

 しかし,本当にそういう社会文化論的な原因だけで,「敷居が高い」と言われ続けているのでしょうか。それでは現実から目を遠ざけてしまうのではないか,と思うのです。

 現実に,悪質金融業者が法の無知につけ込んで高利で金を貸し,暴利を貪り,挙げ句の果てに,借金苦で自殺する,そんな悲しい事件が現代の日本で起きています。違法な圧力によって悲しい事件が起きています。このような事件の報道に触れるとき,やはり現在の社会ではそういう,司法が誰にとっても「手を伸ばせば届く」存在だ,と肌で感じ取れる「場」,国民が司法にアクセスする拠点がやはり不足していると思われるのです。司法書士会の皆さんが,献身的なご努力をもって,日々,相談センターを開設されてきた,ということも承知しております。しかしそういうボランティアな営みだけでは,やはり限界があるように思われてならないのです。

(2)  ワンストップサービス(総合病院の窓口),総合的情報提供の視点〜総合拠点がない

 次に申し上げたいのは,国民が相談できる「場」として,「そこに行けばなんとかなる」という総合性を備えた「場」がない,ということです。「どこに行ったらいいか分からない」と不安を抱く声に端的に答えるには,「ここに来れば,なんとかなる」という安心感を伴った「場」が必要です。それがない,ということが大きな問題であると思うのです。いわゆる「ワンストップサービス」の視点であります。

  先ほども若干触れましたが,現在,弁護士会,司法書士会を始め,各隣接法律専門職種(弁理士,税理士,行政書士,社会保険労務士,土地家屋調査士など)の団体や地方自治体においても,法律相談が行われていると聞きます。しかし,そうであるのに,なぜ国民は依然として司法に対し「敷居が高い」と評価し,あまりなじみがないものという評価が続いているのでしょうか。

 それは,国民は,やはり「どこに行けば適切なのか客観的によく分からない」と評価しているからなのではないのか,と思うわけです。別に,司法書士の皆さんを非難しているわけではありません。そのご努力には,心より敬意をはらっております。しかし,やはりその専門性ゆえに,「どこに行ったらいいか分からない」という声に端的に応えにくい現状があるのではないか,ということを申し上げているのです。

(3) 弁護士会,隣接士業団体など専門家の連携の欠如

   さて,我が国には,弁護士・司法書士のほか,弁理士,税理士,行政書士といったいわゆる隣接法律専門職種が存在しています。では,これらの「専門医」ともいうべき方々は,適切に連携しているでしょうか。先ほどの「ワンストップサービス」の視点と重なってきますが,そういういわば,「横の連携」というものについて,更なる努力が必要なのではないでしょうか。すなわち,各種専門家との連携の視点が国民の視点から極めて重要ではないか,ということです。

 また,法律上のトラブルは,日々,生じうるものです。それは,市町村などの地方公共団体が行政サービスを提供する中で分かってくることもあると思います。生活保護の相談を市役所でしているとき,実は,暴利を貪る悪質金融業者が存在していたことが分かる,などということもあるでしょう。全国どの街でも法律上のトラブルの解決に必要な情報や法律扶助などのサービスの提供を受けられるような仕組みを構築するためには,日々国民と接している,これら地方公共団体との連携が図られることが必要であると思うのに,それが十分に行われていない現状が我が国社会にはあると思うのです。

(4) 国際化社会への対応の視点〜外国人への対応の欠如

   我が国社会は,著しい国際化の進展に直面しております。我が国社会に対するより一層の透明性の確保の要請は日々強まり,国際社会において信頼を得るためにも,司法による紛争解決の重要性が極めて重要となっている状況にあります。また,そんな大きな話ではなくとも,隣人が外国人というような状況は,もはや大都市部だけの状況では無くなっている現実があります。国際社会の一員として,外国人の我が国司法へのアクセスという問題もゆるがせにできない問題であると思います。

 しかし,現状はどうでしょうか。すなわち,言葉の壁などと相まって,守られるべき権利を防御するきっかけさえつかめない,「置き去りの外国人」というべき現状が放置されているのではないでしょうか。

 最近,社会問題として,外国人犯罪の問題が取り沙汰されていますが,これも,社会からの適切な法的支援がないことから,犯罪に手を染めざるを得ない現状があるのではないでしょうか。そして,これが私達の生活に大きな不安をもたらしています。犯罪をするために来日する外国人には,厳正なる処罰と対応が必要であることは言うまでもないことですが,良き隣人としての外国人まで,窮地に追い込み,放置する社会というのは,国際化社会が一層進展していく21世紀の社会像に思いを馳せるとき,あまりにも恥ずかしいと思うわけです。

(5) 民事・刑事のサービスの現状〜経済的アクセス障害の現状

   さらに,忘れてはならないのは,司法制度に対するアクセス障害としては,経済的な要因もあり得るでしょう。専門家の皆さんに相談するのも当然お金が必要です。このような経済的理由によって,弁護士などを依頼できない場合については,まず,民事に関して,現在,法律扶助協会の行う民事法律扶助制度があります。しかし,自己破産事件の急増等によって,扶助の需要が大幅に増加し,国民に対する扶助の提供が十分に対応できる状況にありません。すなわち,民事法律扶助制度は,一定の限界が見えてきている,ということです。

 また,刑事については,資力が十分でないなどの理由で自ら弁護人を依頼することができない者については,被告人(つまり,裁判所に起訴されてから)段階での国選弁護人制度があります。しかし,事件によっては,弁護人のなり手がなく,迅速な選任,裁判の開始に支障をきたす場合があるほか,集中的な公判審理に対応できる弁護士の確保にも困難な場合があり得る状況があることが指摘されています。いわゆる裁判員法が先般成立しましたが,これがこれから5年以内に施行されますと,当然,国民の皆さんに裁判の場における犯罪の認定と(死刑を含む)刑の処断という責任と負担が生じることとなります。そうなると,裁判員となる国民の負担という観点も踏まえて,現在よりもっと迅速な裁判が要求されることになるでしょう。つまり,一層の公判審理の集中化,迅速化に対応できる弁護体制の不備・限界が見えてきている,ということです。

 

6.「総合法律支援法」の概要

 そこで,このような問題意識に対処するため,「司法ネット」構想が生まれました。

 「司法ネット」構想とは,法的紛争を適正に解決し,国民生活の平穏を実現しようとする一切の関係機関・団体の活動の連携・協力等を通じて,より自由で公正な社会の形成を目指すべく,そのための対策を有効にすすめていくという観点から,中核的な運営主体を設立し,これにより民事法律扶助,刑事公的弁護体制の整備やアクセスポイントの総合的な調整とネットワーク化をはかり,あわせて過疎地における新たなアクセスポイントの設置を進めていこうとするものです。

 そして,先般,この「司法ネット」構想を実現するため,「総合法律支援法」が成立しました。この法律では,ただいま私が述べてきました,司法へのアクセス障害の現状,そしてこれに対応しようとする「司法ネット」構想の考え方を反映し,基本理念,国の責務等を謳うことと併せて,国民の相談などを受け付ける「場」を設け,「司法ネット」構想の中核的な運営主体として活動することが期待される「日本司法支援センター」の設立・運営等について定めています。

 では,ここで,この法律の概要をご紹介するとともに,想定されるセンターの実際の姿を若干肉付けしつつ,説明しておきましょう。

(1) 目的

 まず,この法律は,

・ 裁判その他の法による紛争の解決のための制度の利用をより容易にするとともに弁護士その他の他人の法律事務を取り扱うことを業とする者のサービスをより身近に受けられるようにするための総合的な支援(これを「総合法律支援」と呼んでいます。)の実施及び体制の整備に関し,基本となる事項を定め,そして

・ その中核となる日本司法支援センターの組織及び運営について定め,これらにより自由かつ公正な社会の形成に資すること,

を目的としています。

 

(2) 総合法律支援の実施及び体制の整備

○ 基本理念

 そして,総合法律支援の実施及び体制の整備の基本理念として,民事,刑事を問わず,あまねく全国において,法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会を実現することを目指して行われるものとすることを,宣明しています。

 具体的には,

・ 裁判その他の法による紛争の解決のための制度を有効に利用するための情報等のほか,弁護士,隣接法律専門職者等の業務に関する情報等が提供される態勢の充実強化を図ること,資力の乏しい者にも民事裁判等手続の利用をより容易にする民事法律扶助事業が公共性の高いものであることにかんがみ,その適切な整備及び発展を図ること,迅速かつ確実に国選弁護人の選任が行われる態勢の確保を図ること,犯罪被害者等が刑事手続に適切に関与するとともに,犯罪被害者等が受けた損害又は苦痛の回復又は軽減を図るための制度その他の犯罪被害者等の援助に関する制度を十分に利用することのできる態勢の充実を図ること,

・ 国,地方公共団体,日本弁護士連合会,隣接法律専門職者団体,裁判外における法による紛争解決を行う者,犯罪被害者等の援助を行う団体等の間における連携の確保及び強化を図ること,

を内容としています。

○ 国などの責務

 そして,国などの責務を定めています。 すなわち,国は,総合法律支援の基本理念にのっとり,総合法律支援の実施及び体制の整備に関する施策を総合的に策定し,及び実施する責務を有するものとしています。

 地方公共団体は,その地域における総合法律支援の実施及び体制の整備に関し,国との適切な役割分担を踏まえた必要な措置を行う責務を有する者としています。

 そして,日本弁護士連合会は,弁護士又は弁護士法人による協力体制の充実を図るなどの総合法律支援の充実及び体制の整備のために必要な支援を行う努力義務を有するものとしています。

(3) 日本司法支援センター

   そして,先程述べたような問題点に対応した総合法律支援を実現するための中核的存在として「日本司法支援センター」を創設することとしています。すなわち,

○ 概要

 総合法律支援体制の中核となる運営主体として,独立行政法人の枠組みに従いつつ,最高裁判所が設立・運営に関与する新たな法人として「日本司法支援センター」を設立することとしています。

 独立行政法人類似と聞いてお分かりのとおり,行政とは一定の独立性を法制度上も担保しようとしているわけです。

○ 役員等

 次に,その役員についてですが,理事長は,最高裁判所の意見を聴き,法務大臣が任命します。

 理事長,理事は,日本司法支援センターが行う事務,事業に関して高度な知識を有し,適切,公正かつ中立な業務の運営を行うことができる者(裁判官,検察官又は任命前2年間にこれらであった者を除く。)のうちから任命することとされ,また政府,地方公共団体の職員は役員となれないこととされています。

 最高裁の意見を聞いて法務大臣が理事長を任命する,という仕組みは,初めての仕組みです。後に触れる,公的弁護制度に大きく関与するということを踏まえ,採用された,この法人特有の仕組みです。

○ 審査委員会

 また,このセンターは,審査委員会という内部組織を有しています。すなわち,日本司法支援センターに,その業務の運営に関し特に弁護士等の職務の特性に配慮して判断すべき事項について審議させるため,審査委員会を置き,審査委員会は,法曹三者のほか相当数の有識者で構成され,契約弁護士等の契約違反に対する措置等については,審査委員会の議決を経ることを必要とするものとしています。

 これは,センターにかかわる弁護士,司法書士といった方々への自律的な活動を厳格に担保しようとするものです。

○ 業務運営

 そして,もっとも重要な業務の内容ですが,全国に業務運営の「場」となる拠点を開設しつつ,次に述べるような業務を行うこととしています。

○ 業務の範囲

@ 相談窓口(相談の受付,情報提供,関係機関等への振り分け業務等)

   まず,総合的な相談窓口としての業務があります。 すなわち,地方自治体,弁護士会,隣接士業団体,行政機関,相談機関,ADR機関などが現在個別に行っている苦情受付,窓口相談等については,相互の連携を図ることにより,全体として,アクセスポイントとしての利便が向上するようにするものとしています。

 この相談受付は,とにかく法律問題であるかどうかが不分明なものも含めて相談を受け付け,その内容に応じて自ら法律サービスの提供を行ったり,他機関への振り分けを行うなど,問題の解決に向けた筋道を示せるようにすることを想定しています(先ほど指摘した「ワンストップサービス」の視点に応えようとするものです。)。

 他機関への事件の振り分けについては,相談受付の結果必要と考えられるサービスを弁護士会,隣接士業団体,行政機関,相談機関,ADR機関等が提供している場合には,これらの機関への事件の振り分けを行います。そして,このような弁護士会,司法書士会等の紹介等を通じて法律サービスの提供のための中継的な役割を果たしてもなお具体的な法律サービスの提供(法律相談,事件の受任等)を自ら行うことが必要な事案については,自ら法律サービスの提供を行うものとしています。つまり,弁護士・司法書士の皆さんの補充的役割を果たそう,というわけです。

 さらに,他の機関から,運営主体において対応するのが相当として回付された事件についての受入れを行うこととしています。困っている国民の最後の砦になろうとしているわけです。

A 民事法律扶助業務

 次に,民事法律扶助事業に関する業務があります。 すなわち,資力の乏しい人に対する法律相談,裁判書類の作成の援助,代理援助等,現在行われている民事法律扶助の事業を行うものとされ,事業の実施に当たっては,これまでとは異なる,センターが雇用する弁護士等を活用したいわゆるスタッフ制の導入等により事業の効率化を図り,扶助の一層の拡充を図るようになっています。

B 国選弁護の態勢整備

 さきほど,刑事についても,いわゆる裁判員制度を踏まえて,司法へのアクセス障害の懸念を指摘しました。これに対応して,公的弁護のための態勢整備の業務も行うこととなっています。 すなわち,日本司法支援センターにおいて雇用又は契約などの方法により確保した弁護士が,裁判所から国選弁護人として選任され,資力が十分でないなどの理由で自ら弁護人を依頼することができない者のために弁護活動を提供することになっています。

 この態勢により,迅速な選任が必要とされる捜査段階の公的弁護制度及び連日的開廷による集中審理に対応し,全国的に充実した弁護活動を提供できるようにすることとしています。

C 犯罪被害者への支援

 犯罪被害者への支援業務も行うものとしています。 すなわち,これまで述べてきた総合的相談受付のほか,民事法律扶助の仕組みや各種犯罪被害者の支援団体の連携強化などを通じて,犯罪被害者の支援のための業務も積極的に行うこととされています。

D 司法過疎地における法律サービスの提供

 また,弁護士等,当該ニーズに沿った法律の専門家が存在しないか,不足が著しい地域を「司法過疎地」などと呼んでいますが,この司法過疎地において,スタッフ弁護士による事件受任も含めた法律サービスの提供を行うものとしています。

E  関係機関等との連携の確保強化(情報の集約・整理,関係機関との連携の中核としての業務)

 そして,重要な業務として,関係機関等との連携の確保強化に関する業務があります。すなわち,司法へのアクセスに関する情報について,関係機関(地方自治体,弁護士会,司法書士会,隣接士業団体,行政機関,相談機関,ADR機関など)からの情報収集を行い,データベース化を含めその集約・整理を行うとともに,関係機関への情報提供を行って,「司法ネット」の中核として,既存の関係機関相互の連携,ネットワーク化の中心的役割を担うものとしています。

 その際には,「司法ネット」構想の統一的な政策理念の下,ITなどの諸技術も積極的に活用するとともに,各機関の自主的活動を最大限尊重しつつ,民間の活動実績やニーズなどの事情の変化にも柔軟に対応できる適切な連携関係を構築し,各機関の事業を支援することにより,全体として,利用者の利便を向上させることができるようにすることが想定されています。

F  その他

 その他,上記の業務のほか,国,地方公共団体,公益法人その他の営利を目的としない法人等の委託を受けて,法律サービスの提供等の業務を行い,また,これらの業務の一環として,国民への一般的な情報提供等を行うための広報活動や法教育に関する取組みも行おうとしています。

 また,地域における業務の運営に当たっては,協議会の開催等により,広く利用者その他の関係者の意見を聴いて参考とし,当該地域の実情に応じた運営に努めることとしています。

 契約弁護士等は,日本司法支援センターが取り扱わせた事務について,独立してその職務を行うことを法文で明記しています。

 

7.日本司法支援センターに望むもの

 さて,「司法ネット」構想の構築のために,「総合法率支援法」の成立を見たわけですが,それは,単なる骨組ができた状況に過ぎません。2年後の法人設立までに,私が述べたような国民の司法へのアクセス障害は,一体どんなところから生じてきているのか,どんな手立てを講じたら,最も効率的に対処できるかを,もっと分析して考えていかなければなりません。

 そこで,今述べてきた司法支援センターが行うべき業務などについて,私なりに感じていることを述べてみたいと思います。

(1) 「ニーズ」の視点

   まず,全般に言えることでありますが,特に民事に関するサービスのあり方として強調したいのは,「ニーズ」の視点が重要である,ということです。

 「国民により利用しやすく,分かりやすく,頼りがいのある司法制度」のために何が必要かは,例えば,地域によっては,弁護士・司法書士がまったくいない若しくは非常に少ない地域(いわゆるゼロ・ワン地域)とそういう専門家が多く存在する地域では異なるはずです。また,その他の隣接法律専門職種の分布状況によっても,司法支援センターが提供すべき情報や果たすべき機能も違いが出てくるでしょう。当該地域における産業の職種や経済情勢によっても「ニーズ」は異なるであろうし,また,住民の世代分布のほか,当該地域の風土,国籍などによっても異なってくるでしょう。それまでの地方公共団体の取組みの違いなども反映し,住民が一番必要としているサービスの内容も変わってくるでしょう。そして,時代の変化によっても,「ニーズ」は当然に変化しうるでしょう。

 このように,司法支援センターが「全国どの街でも法律上のトラブルの解決に必要な情報や法律扶助などのサービスの提供を受けられるようにする仕組み」となっていくために,全国的に一定のサービスを提供すべきものとして「場」を提供していくものとしても,あらゆる意味における「地域性」によって,また時代の流れによっても変化する「ニーズ」を敏感に感得して,これに対応した役割を担うことができるようにしていかなければならないと考えています。

 このような観点からしますと,それぞれの地域において既に行われている司法書士の皆さんの活動は,これからもその重要性は増すばかりといえます。既存のその地域の法的サービスの内容や質,どのあたりの住民ニーズが多いのか,地方公共団体の取組みはどのようになっているのか,といった,まさに「地域」の声を知っているのは,皆さん方といっても過言ではありません。司法支援センターを意味あるものにするためには,地域の代表者として,司法書士の声は,重要な意味をもってくるものと考えております。

(2) 総合的な情報提供

 司法へのアクセスを飛躍的に向上させるためには,トラブルに巻き込まれたが「どこに行ったらいいか分からない。」,「どういう状況に自分が置かれているのか,わからない。」という一般の国民のおかれた状況を打破しなければなりません。そのために司法支援センターは,総合的な相談受付の業務を行うこととしており,このことは先ほどお話ししました。

 ただ,その業務を行う場合には,やはり,総合性という観点が重要だ,と考えています。たとえば総合病院では,窓口で医学的な知見・分析に基づいた簡単な問診表が用意され,その問診結果を踏まえて,その病院の内科,外科などの専門のセクションでの診察を受けたり,また別の病院の専門医の紹介を受けたりすることができます。法律家は,時に「社会における医者」になぞらえられることがありますが,まさに,この総合病院のような「機能」が社会のシステムとして構築されることこそ,司法が誰にとっても「手を伸ばせば届く」存在となるための「仕組み」というべきように思います。

 ただ,ここで,気を付けていただきたいのは,今私が申し上げているのは,「司法支援センター」そのものを総合病院のようにしよう,と言っているのではない,ということです。あくまで,社会の「システム」として,我が国社会全体として見たときに,国民のそばに,法的な紛争を解決する総合病院のようなシステムが存在していることが重要だ,ということを申し上げているのです。つまり,国民の利便性の観点からすれば,司法支援センターの設けた拠点自らが,法律サービスを提供することもあるかもしれませんが(「治療」),なんでも持ち込める「司法への窓口」として,相談を受け付け(「健康相談」),事案に応じた適切な専門家との接点をつくり(「専門医の紹介」),「専門医」たる各法律専門職の治療を受けられる,そんな「システム」が構築されることが必要であると考えているわけです。司法支援センターは,あくまで,司法書士の皆さんなどの活動とその他の関係機関,そして,国民との総合的な接点として,柔軟かつ総合的な,そして極めて強靭な連結点しての役目を果たす,そんな活動を現実に行ってもらいたいものだ,と考えているのです(司法支援センターのこのあたりの性質が,従来の民業圧迫的な特殊法人とはまったく異なるところであるといえるでしょう。)。

 また,ワンストップサービスの視点からは,「司法支援センター」には,司法手続そのものに関する情報のほか,具体的な裁判所の利用に関する情報,一般の民事事件のほか知的財産権に関する事件のような専門的な事件に関する裁判例も含めた裁判例情報など,司法に関する総合的な情報提供を行うことも期待されると言えましょう。

 加えて,IT化社会の進展に鑑みれば,インターネットや電話などバーチャルな空間を活用した情報提供も重要となってきますから,司法支援センターには,そういう手段も駆使してもらい,幅広い国民からの利用を受け止めるべきでしょう。ただ,素朴な発想として,トラブルに巻き込まれたが「どこに行ったら良いかわからない」と困っている人々,自分がどのようなトラブルに巻き込まれているのかすら明確には分からない人々など,司法制度が手を差し伸べるべき人々の姿を具体的に思えば,そのようなバーチャルな空間のみ充実させれば十分だ,とは言えないでしょう。国民が素直に悩みをうち明け,その事情を親身になって聞いてくれる,そんな「場」を「司法支援センター」が提供するようにならないといけないと考えられるわけです。

(3) 窓口機能と「専門家」との連携

 ワンストップサービスの視点などからすれば,「司法支援センター」は,相談に応ずることにより,明らかになった紛争の原因に対応し,弁護士・司法書士をはじめ,さまざまな専門家に対し,適正,迅速かつ機動的な接続を図る機能を果たさなければなりません。これは,言うのは簡単ですが,やろうとすると本当に大変だと思います。

  「司法支援センター」には,いろいろな案件が特段の分類もされず,しかも,突然持ち込まれることになるでしょう。そこから,事案の性質,争点に応じ,各種専門家に接続するというのは,まず,どの専門家に接続するのかを判断する,事案の分類も大変なことではありますが,その受け手たる弁護士・司法書士といった専門家の協力体制の構築が極めて重要です。

  「司法支援センター」は,そもそも持ち込まれるすべての案件を「自分で」処理・解決するものとして作られていません。あくまで,既存の専門家の皆さんの協力,連繋を前提として,その活力を最大限引き出そうとする「民間活力の活用」ツールというべきものです。極めて「簡素な作り」をしているという言い方もできると思います。

 ただ,こう例えて言うと,「司法支援センター」は極めて頼りない弱いものに聞こえますが,しかし,各専門家との強力な連携協力体制を構築することができたら,そのようなことにはなりません。

 これは,インターネットを例に取ると理解できると思います。インターネットというシステムが極めて強靭なシステムとして全世界に広がっていったのは,それは,すべてのデータへのアクセスを一か所で受け止め,その処理をしていない,という特徴があるからです。すべてのデータへのアクセスを一か所のサーバーで受け止めようとすれば,莫大なエネルギーと経費がかかりますし,もしそういうシステムが構築できたとしても,全世界からのアクセスを支えることはおよそ不可能でしょうし,この一か所のサーバーがパンクしてしまえば,すべてのシステムがダウンしてしまいます。現在のインターネットは,そうではなく,全世界の無数の小さなサーバーが同等に接続され,網の目(まさに「ネット」ですが)を構築しています。そうだからこそ,例えば一か所のサーバーがダウンしても,その近くに存在するサーバーのルートをたどれば,目的のデータへとアクセスできるようになっています。そうして,結果として,システム全体の強靭性を発揮しているのです。

 司法支援センターが構築しようとしているシステムも,若干乱暴な例えですが,これと同じようなものです。例えば,司法支援センターに国民が相談を持ち込みます。そうすると,そのアクセスを適切に処理するサーバー,すなわち弁護士会・司法書士会にすぐにつながり,または直接,特定の専門家につながり,最後は必要なデータともいうべき,その紛争の解決策にアクセスできるようになる。別に司法支援センターがすべての事案の解決を受け止めるわけでもない。だからパンクもしない。当然に,司法書士会に持ち込まれたけれども,司法書士会ではいかんともし難いような事案であれば,司法支援センターに逆に持ち込まれることもあるでしょう。また,司法支援センターを介在した連繋協力体制が発展して,弁護士・司法書士,そのほかの鄰接法律専門職種間の連繋協力体制が構築されれば,さらに適切な専門家へのアクセスがスピーディーになされるでしょう。

 ただ,こうなるためには,しつこいようですが,司法書士の皆さんを始めとした専門家の皆さんとの連繋協力が必要なのです。それがなければ,私が今申し上げたことは完全に絵空事です。もし,適切な専門家への接続が適わなかったりしたときは,単なる「たらいまわし」とのそしりも免れなくなってしまいます。「司法支援センター」に事件を持ち込んだら,とにかく一番早く手を差し伸べて対応してくれるのは司法書士の皆さんであってほしい,そんなふうにさえ思うのです。

(4) ADR手続と司法アクセス

 紛争解決の手段としては,既に多くのADR機関 ( 裁判外紛争解決機関 ) が存在しています。これらは,法律専門家のみなさんの関与によって運営されているものです。司法支援センターの情報提供は,裁判制度だけに偏ることなく,事案の性質に応じて,さまざまなADR機関やADR手続に関する情報発信をするべきであると考えます。

 その意味で,各ADR機関には,司法支援センターに対して,その適切な情報提供をしていただきたいと思います。そうしてもらえれば,司法支援センターがそのADR手続を紹介することができるようになって,そのADR手続も活性化することになると思われるのです。

(5) 「法」の啓蒙

 トラブルに巻き込まれても司法による解決の方法に到達できない原因としては,「法それ自体を知らない。」という状況があります。冒頭,私は,事後監視型社会というのは,国民一人一人の能力と責任において,ハンドルを回し,アクセスを踏み込まなければならない社会である,というたとえ話をしました。

 自動車には,教習所があります。では,「法」に関する情報や「法的な思考」というものについて,国民だれもが身につけられる状況であったでしょうか。また,そもそも,そういうものに関心が高まる状況であったでしょうか。私は,そういう状況にはなかったように思います。

 司法支援センターには,単に相談があった場合に受け身的に情報を提供するだけでなく,国民の「法」や「司法」というものへの関心を高められるよう,積極的に「法」,「司法」について情報を発信し,「法」や「司法」に対して理解を深める活動を行うことが期待されます。

 特に,今後5年以内に,いわゆる裁判員制度が施行されることになります。そこでは,刑事手続に一般の国民が参加することになります。裁判員制度がうまくいくためには,刑事手続というものがどういうものなのか,裁判員にはどのようなことが求められるのか,について,国民に対し,十分な情報提供が行われることが必要です。司法支援センターには,そういう意味でも,積極的な役割が期待されるところです。

(6) 国際化社会への対応

 国際化の視点からすれば,インターネットの普及による社会のボーダレス化,企業活動の国際化を踏まえると,我が国の国民にとって(中小企業にとっても)諸外国の司法制度に関する情報も,極めて重要であると言えます。その意味で,諸外国の司法制度に関する情報を収集し,国民に提供する機能を果たすことも検討の俎上にのぼっていいものと思っています。また,我が国にいる外国人が司法を利用しようとする際に直面するのは,まずは言葉の壁かもしれません。しかも,司法制度を利用しようとする場合に必要になる通訳人には,司法制度への一定程度の専門的知識が必要とされることから,そのような専門的知識を備えた通訳人のアクセスが,即,当該外国人の権利保障の有無に直結してしまう側面をもちます。したがって,このような視点からは,そのような司法通訳人の確保,これへの接続を行う機能も果たすことも考えられてしかるべきと思っています。少なくとも,司法制度の利用に関する情報として,関係団体の協力を得て,情報を集約する努力は重ねられてしかるべきと考えます。

 

8.最後に

 さて,これまで,司法制度改革の意義から始め,その中で,「司法ネット」構想がどのような意味合いを持つものか,そして総合法律支援法の成立,日本司法支援センターに具体的に望むものについて,言及してきました。「司法ネット」構想が既存の関係団体・専門家の皆さんの活動を促進するものであり,また,その中核的存在たる日本司法支援センターが関係団体・専門家の皆さんのご協力がなければ,何もできないものであることがご理解いただけたと思います。

 そして,「総合法律支援法」の成立は,日本司法支援センターの骨組みしか作っていないものであることがおわかりいただけたかと思います。つまり,その肉付けについては,まだまだこれからの課題であって,是非とも皆さんの建設的なご意見,ご協力が必要な状況にあると言えるのです。

 さらに何より,「国民により利用しやすく,分かりやすく,頼りがいのある司法制度」の構築という基本的理念にのっとった関係機関の協力を切に求める次第です。「司法ネット」を皆さんの力で強靱な,筋肉隆々の逞しい姿にお育てください。

 市民の中の法律家として,一層の飛躍が期待される司法書士の皆さんに期待するところは,極めて大きいものがあります。是非とも,「司法ネット」構想の目指すべきもの,そして,司法制度改革の理念の意味をご理解頂き,積極的なご協力とご支援を賜りたいと思っております。

本日は,ご静聴ありがとうございました。

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