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かみかわ陽子

活動報告国会活動

 

犯罪被害者と報道のあり方について講演

 

 1 月 27 日、犯罪被害者をめぐる報道のあり方について、東京地区マスコミ倫理懇談会からお招きを受け、講演を行ないました。早いもので、私が夢中で取り組んだ犯罪被害者等基本法の制定から丸2年。昨年12月、基本計画が閣議決定され、今年からいよいよ本格実施です。基本計画に盛り込まれた実名・匿名発表をめぐり講演のご指名をいただきました。当日の出席者は各報道機関から代表の皆さんが 70 名あまり。講演の後、意見交換を行ないましたが、議論がかなり白熱し全体で約 3 時間に及びました。

 私の主張は、この問題は今後も十分時間をかけて冷静な議論と検証を重ね、実績を積み上げていくなかで犯罪被害者の皆さんの納得と信頼が得られる道を見出すべきだというものです。幸いにも、その後のマスコミ論調には、時間をかけて冷静に見守りたい、との姿勢がうかがわれるように思います。以下では当日の講演内容を掲載いたします。

 

 

東京地区マスコミ倫理懇談会 2006 年1月例会

講演:『犯罪被害者等基本計画と警察の実名・匿名発表』

衆議院議員  上川 陽子

 

 

 ご承知の通り、犯罪被害者等基本計画が昨年 12 月 27 日に閣議で決定され成立いたしました。そして本日のテーマは、この基本計画に定めた施策の一つであります警察による被害者の実名発表・匿名発表の問題です。

 この問題に関しては、閣議決定の前からマスコミの皆様からもご意見ご批評をいただき、それを受けて犯罪被害者等基本計画検討会や自民党の中でも議論を重ねました。最終的には犯罪被害者等の意思を最大限尊重しながら、警察が個別具体的な案件ごとに適切に発表するよう配慮するという内容で合意が得られ、犯罪被害者等施策推進会議でも了承されて閣議決定されました。

 言うまでもなく、犯罪の被害者は思いもかけずに命を奪われたり、障害を負わされたり、あるいは財産を奪われるといった被害をこうむるわけですが、それに加え精神的な被害や、さらなる二次的な被害を負うほか、不安や孤立感、あるいは無力感などにさいなまれることが多いというのが実情です。そのような被害者に対する関係機関からの情報提供、経済的支援、精神的ケアなどはこれまで十分に行われてきませんでしたし、その意味でも被害者の権利利益は十分に守られてきたとは言えないと思っています。このような状況を打開して被害者を保護し支援する施策を関係省庁が横断的かつ総合的に推進させるため、一昨年 12 月に議員立法で犯罪被害者等基本法を制定いたしました。

 基本法では被害者は「その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」〔第一章総則(基本理念)第三条〕ということを基本理念として定め、被害者の権利を初めて法律上明記しました。基本法に基づき省庁横断的な犯罪被害者等施策推進会議が設けられ、そのもとに犯罪被害者等基本計画検討会を置き有権者や被害者団体の方々からも直接ご意見をお伺いしながら基本計画の検討が進められてきました。

 犯罪被害者等基本計画の中には 258 の施策が盛り込まれています。これらの基本施策がこれから実際に成果を上げていくためには、さらなる努力が必要であり、マスコミの皆様には法律の趣旨や計画の内容にのっとって、犯罪被害者の皆さんへの保護、支援に最大限のご協力をしていただきたいと思っているところです。

 警察による被害者の氏名発表の問題については、基本計画で次のように定められています。

 「警察による被害者の実名発表、匿名発表については、犯罪被害者等の匿名発表を望む意見と、マスコミによる報道の自由、国民の知る権利を理由とする実名発表に対する要望を踏まえ、プライバシーの保護、発表することの公益性等の事情を総合的に勘案しつつ、個別具体的な案件ごとに適切な発表内容となるよう配慮していく」( X 重点課題に係る具体的施策 第2 2.安全の確保 〔今後講じていく施策〕(2 ) エ)〔基本計画 33 p〜 34 p〕。

 

 警察による被害者氏名の発表については、これまで警察がマスコミと協議した場合もあったでしょうが、主に警察の判断により行われてきました。そうした警察の判断に当たっては、被害者の意思が十分に反映されてこなかったのではないかと思います。そのために被害者はマスコミの取材を受けたくないと思っていても、警察の実名発表により氏名を知ったマスコミが被害者の自宅に多数押しかけてきて、過熱した取材によって精神的な苦痛を受けてきた。そうした二次被害の実態があったことは、残念ながら事実です。そのため被害者を保護するためには警察の段階でまず被害者が実名発表を望むのか匿名発表を望むのかをきちんと確認することが肝心であります。その上で被害者から匿名にしてほしいというご要望があった場合には、警察が最大限尊重することが必要になると思います。

 今回の閣議決定は、これまで被害者の意思が十分に反映されてこなかったという実態を踏まえて、適切な判断を警察に求めるものです。被害者が匿名発表を望み、警察がそれを尊重して匿名発表をする場合には、被害者はマスコミによる二次被害を受ける虞は少なくなり、被害者の保護を図ることができます。

 この措置に対する批判の中には、警察が実名発表にするか匿名発表にするか自由に決められるのはおかしいというご指摘がありましたが、勝手な判断を容認しているものではないということはご理解いただきたいと思います。また、被害者の中には実名発表を望む人もいる、だから警察が独自に判断できるのはおかしいというご指摘もあるようですが、被害者が実名発表を望んでいるのに、警察がその意思を無視して匿名発表をするようなことはあってはならないと思っています。警察が匿名発表をする場合であっても、マスコミが実名発表を望むのであれば、警察は匿名とする理由を説明してマスコミの皆さんと十分議論をするということにしています。

この措置が盛り込まれた理由を端的に申し上げれば、いわゆるメディア・スクラムによる二次被害をいかに防止するかということです。過熱した取材などによる二次被害から被害者を保護するために設けられたものです。あくまでも二次被害から被害者を保護することを目的とし、マスコミの取材や報道をこれによって規制していくという趣旨のものではありません。

 マスコミの皆さんからは、今回の施策に対していくつかの懸念が表明されていますので、それに関する私の考えを若干述べさせていただきます。

 まず、国民の知る権利、再発防止等の社会的要請があるというご指摘です。実名発表がされないと取材が難しくなり、真実が掴めなくなって正確な報道ができなくなる。その結果、国民の知る権利に応えることができなくなるというご懸念であろうかと思います。また原因究明、あるいは再発防止にも支障が生ずるというご意見もあると聞いております。しかし、被害者の氏名がわからなくても、事件や事故の客観的事実関係は警察による発表、いろいろな取材を通じてわかるはずではないかと思いますので、被害者の氏名がわからないことで正確な報道ができなくなるというご指摘は当たらないのではないかと考えます。殺人事件など重大事件では被害者側の事情を取材する必要がある場合があると思いますが、そのような重大なケースでは被害者の皆さんの承諾も得た上で警察による実名発表がなされるケースが多いのではないかと思います。そうであれば社会的影響の大きい事件や事故などに関する原因究明、再発防止についても、直接影響が及ぶものではないと思いますので、ご指摘の点については現実的ではないのではと考えています。

 二点目は警察の不正のチェックということです。警察が自分たちの捜査ミスや怠慢隠しのため恣意的に匿名発表してごまかす虞があるという懸念が表明されていると思います。マスコミの力によって警察の不正や杜撰な捜査の実態が明らかになった例もあるということは承知しています。私自身、マスコミが警察の捜査をきちんと検証しチェックをしていくということにつきましては、今の世の中におきましても重要なことだと思っていますが、それと匿名発表の問題とは次元の違う問題ではないかと考えています。マスコミの立場からいろいろな形で取材し警察の捜査をチェックすることは可能だと思います。被害者の氏名がわからないと警察の捜査をチェックできないということにはならないと思っています。また、ある程度日にちが経った後に被害者の皆さんが実名報道を望むケースもあると思いますので、そうしたことによっても時間をかけて十分捜査のチェックは可能ではないかと思います。

 三点目は、匿名社会の進行がこれによって加速するのではないかというご指摘です。警察が安易に匿名発表に流れて、匿名社会につながるのではないかと。被害者ご自身の意思によって匿名にしてほしいというご要望に基づいて、警察のほうで判断し匿名発表する例は今後増えていくかもしれません。しかし、私は被害者を保護するということは匿名社会云々の議論とは別の問題であると思っており、マスコミの皆さんも含めたいろいろな角度からこの問題について議論をしていくのが良いと思っています。

 警察が捜査の怠慢を隠すために被害者の氏名を意図的に匿名にするようなことは断固としてあってはなりませんし、匿名発表によって重大な事件・事故の再発防止に支障が生ずることも問題だと思います。警察の匿名発表の判断が適切に行われているか、国民の知る権利との関係で問題が生じていないかということについては継続的にフォローし検証していくことが必要であると思っています。

 問題は、どういう仕組みでこれを進めるかということですが、少なくとも政治の立場からは、さらに基本計画がしっかりと実施され、被害者の皆さんの被害からの一日も早い回復に資するような施策を十全に講じていくことだと思います。自民党のほうでもしっかりやれているかどうかフォローしていくつもりですし、具体的な運用と検証作業が積み重ねられることで、バランスの取れた適正なルールも現場の重みのある判断の中から出来上がっていくものと確信しています。検証すべきより本質的な問題は、基本法及び基本計画のもとで、被害者の皆さんが被害に遭われた直後から回復に至るまでの何十年にもわたり、しっかりとケアをし続けていくということです。そういう意味で検証していくことはたくさんありますし、同時にマスコミの皆さんからの検証についても合わせてやっていただかなければいけないと思っています。

 最後にマスコミの皆さんからご意見を伺いたいと思っている点を二つ話させていただきます。

 一つは、警察が実名発表をしたのち、個々の記者が取材の際に被害者から名前を記事に載せないでくださいと言われた場合、国民の知る権利との関係で実名報道をするかどうかをマスコミが決めると主張されています。これは、報道の前に被害者の意思を確認してから実名報道にするのか匿名報道にするのかを決めるということでしょうか。また、どのメディアでも被害者の意思に反して実名報道される虞はないと理解してよろしいのでしょうか。事案によりましては実名報道が被害者の生命や身体の安全にかかわる場合もあり得ると思います。被害者に対する取材も代表して行うなど、何か取り決めを行うことをお考えになっておられるのでしょうか。

 二つ目として、何より大きな問題は過剰取材が行われないことが保証されるのかどうかという点です。被害者の方々の要望の趣旨は、そっとしておいてほしいということです。マスコミの皆様は実際にどのような形で被害者の利益や平穏、プライバシーを配慮することをお考えなのでしょうか。具体的に申せばメディア・スクラムに対する改善策です。

 私は二年以上にわたり、被害者の保護、支援対策の検討に取り組んでまいりました。被害者の皆さんからさまざまな被害の実情をうかがい、保護や支援の必要性は待ったなしだと考えています。だれもいつ被害者になるかわからないわけでありますので、人ごとではないということ、被害者の権利を守ることが、安心して暮らせる社会を実現するためにも必要なインフラではないか、大事なことではないかと思っています。

 警察の発表に関する件につきましても、マスコミの皆さんのご協力を得ながら、被害者の保護を最大限図りながらも国民の知る権利を満足させられるような、よりバランスの取れた良い施策が実施され、その運用が定着することを強く願っているものの一人です。被害者の保護と国民の知る権利は決して対立するものではないと思います。そういう意味で皆様方ともこの問題の議論を続けてまいりたいと思っています。同時に私どもが考えております今後の検証作業に当たりましても、皆様からご意見をうかがいながら一緒にこの問題に取り組んでまいりたいと思っています。

 基本法はスタートしましたが、さらに議論しなければならない問題は山積しています。警察による実名・匿名報道の問題も重い課題ですので、ぜひ基本法の理念に照らしながら、被害者の皆さんが「施策はできたけれども全く進んでいない」とおっしゃることのないよう、さらなる二次被害を受けることのないようがんばってまいりたいと思っています。

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