「逆さ地図」の発想転換

 

かみかわ陽子ラジオシェイク第31回 「逆さ地図」の発想転換


 

 


 

 


 

 


 

 


 

お待たせして申し訳ありませんでした。かみかわ陽子ラジオシェイク2013年1月放送分のご紹介です。15日放送分をどうぞ。


 

 


 

 


 

(高田)陽子さん、こんばんは。


 

 


 

 


 

(上川)こんばんは。上川陽子です。


 

 


 

 


 

(高田)昨日は成人式でしたが、かつては今日1月15日が成人の日でした。陽子さんにとって成人式の思い出というと・・・。


 

 


 

 


 

(上川)かなり遠い昔のことでが、雨に降られた成人式のことを覚えています。成人式で私が着た着物は、次女が着てくれたんですよ。母娘2代続けて同じ着物が着れたというのは感慨深いですね。


 

 


 

 


 

(高田)世代を超えて引き継がれるって素敵ですね。それにしても、ここ数年、成人式もずいぶん様変わりしたそうですが。


 

 


 

 


 

(上川)手作りの成人式が増えたみたいですよ。私の母校も成人式を定期的に行うようになり、ほとんど全員、着物を着て参加してくれます。本当に女性として美しいというか、立派な成人の姿を見ると本当に嬉しくなります。


 

 


 

 


 

(高田)着物を着る貴重な機会ですものね。


 

 


 

(上川)それだけ機会が少なくなっているのも確かです。国会でも着物を着る議員連盟というのが積極的に呼びかけたり、中学校の授業の中でも日本の伝統として教えるようになっています。ぜひ一人でも多くの子どもたちが、自分で着物を着て成人式に参加できるようになればいいな、なんて思います。


 

 


 

 


 

(高田)自分で着物を着られるって一つの財産ですね。さあ、ではここからは聞き手のコピーライター鈴木真弓さんにバトンタッチしましょう。


 

 


 

 


 

          


 

 


 

           


 

(上川)改めまして、リスナーのみなさん、こんばんは。上川陽子です。


 

 


 

(鈴木)コピーライターの鈴木真弓です。よろしくお願いいたします。陽子さん、先日、陽子さんの事務所へおじゃましたとき、面白い地図が壁に飾ってあったのを見ました。「環日本海地図」といって真ん中に日本海が描かれていて、上半分に日本列島。下半分がアジア大陸。日本列島はヨコに、太平洋側を上にして描かれていました。下の中国から見ると、太平洋に向かっていくのにちょうど日本が邪魔というか、フタのように覆いかぶさっているように見えるんです。中国から見ると、なるほど、日本というのはこういう存在なんだなあと面白く拝見しました。


 

 


 

(上川)面白い地図でしょう。「逆さ地図」といって富山県が作った地図なんです。日本海を中心にしていますから、富山がちょうど真ん中になるんですね。われわれが日ごろ目にする日本列島の地図は、北海道が上で、九州が下で、弓を立てたような格好が当たり前なんですが、どっちが上か下か、北か南かというイメージではなく、少し見る方向を変えてみたら、まったく違った景色に見える。目の置き所をどこに置くかで、人間の判断力は変わってしまう。これを象徴するような典型的な地図です。


 

 


 

(鈴木)世界地図といえば日本人にとっては太平洋が真ん中にある地図がお馴染みですが、欧米の地図では大西洋が中心で、日本は本当に東の隅っこの小さな島なんですね。


 

 


 

(上川)自分の国が世界の中心だという視点はもちろん大事ですが、いろいろな視点で見ることも、井の中の蛙から脱却し、新たな発想や価値観は生むためには必要です。立ち位置を変え、ときには逆さからモノごとを見てみる、そんな柔軟な視点が大事ではないかと考えて、あの地図を事務所の壁に貼りました。


 

 


 

(鈴木)地図ってイメージを植えつける大きな存在だと思うんです。多くの歴史教科書が江戸時代の外交のことを“鎖国の結果、わずかに長崎の窓を通して中国およびオランダから世界の知識を得たにすぎなかった。…日本人の大多数は世界の動きも知らず、泰平の夢をむさぼり続けたというトーンで書いてきました。教科書に載っている長崎港の絵もわずか4千坪の出島の部分を中心に描いた絵がほとんどです。ところが円山応挙が描いた長崎港之図という絵では、1万坪近くあった唐人屋敷が描かれ、アジアに開かれた国際色豊かな活気あふれる港町の全体図が見て取れます。すごくイメージが変わりました。


 

 


 

(上川)そもそも駿府城下町は、大御所が暮らしていた時代はのんびり隠居していたわけではなく、国際都市として大きな役割を果たしていました。江戸時代の歴史そのものも、よく紐解く必要があると思いますね。


 

歴史教科書は歴史家の判断によって書き方が決まるのでしょうが、郷土史の学習では自分たちの地域がどんな地域だったかしっかり学ぶことが大事です。富山県が作った逆さ地図も、富山の人たちが郷土史を学ぶ上で必要だと思って作られたのでしょう。駿府城下町も、日本の外交防衛上、重要な都市だったと考えれば、また違った地図が生まれるかもしれません。そういう視点を大事にしていきたいと思います。


 

 


 

(鈴木)駿府大御所時代に対する認識が改まるといいですねえ。


 

 


 

(上川)大御所時代の再評価は、静岡一区から選出された代議士として、私の大きな責任でもある、と思っています。過去から未来に向け、どういう位置づけて展望していくか、その意味では非常に面白い時代に入るのではないかと思っています。ところで、「環日本海地図」を見ると、尖閣諸島が中国から見れば、すぐ手の届く位置にあるということがよくわかったでしょう。


 

 


 

(鈴木)ええ、彼らが自分たちの庭のように思ってしまうのも無理ないなあと。


 

 


 

(上川)私は初代公文書管理担当大臣を務めた関係で、ぜひお話しておきたいのですが、中国は100年前の公文書で、尖閣諸島は日本の領土だと認めているんです。1920年、中華民国の駐長崎領事が、魚釣島に漂着した中国の漁民を救護した当時の石垣村長や尖閣諸島を開拓した古賀辰四郎さんの子息たちに、感謝状を贈っているんですが、それには尖閣諸島のことを「日本帝國沖繩縣八重山郡尖閣列島」と明記しています。現物は石垣市立八重山博物館に保管されています。つまり100年前にこの問題は決着しているにもかかわらず、あの領域が天然資源の宝庫だと知ると領有権を蒸し返してきた。まさに100年戦争です。


 

 


 

(鈴木)ああ、でも、そういうときに公文書がいかに大事かってわかりますね。


 

 


 

(上川)そのとおり。外交には、100年、200年、300年のスパンで摩擦や紛争に耐えうるアーカイブ能力が必要なんです。私はそのことを、初代公文書管理担当大臣を拝命した折に、これでもか、というほど学びました。歴史は「記録」にのっとっているのです。「内政40年、外交100年」と訴えたのは、そういう経験に基づいています。


 

 


 

 


 

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(鈴木)さて、新たなスタートを切った安倍内閣の最重要課題は景気対策、ということで、陽子さんも選挙戦のころから経済政策についてさかんにおっしゃっていましたね。


 

 


 

(上川)静岡県は中小企業が多いでしょう。しかも独自技術を持った優秀なメーカーが多い。私は3年4ヶ月の浪人中、さまざまな企業を回らせていただき、選挙中いろいろな企業を訪問し、改めて、モノづくりとは日本の、静岡の、得難い財産だ!と実感しました。


 

 


 

(鈴木)歴女の立場から言わせていただければ、やはり駿府城下町の町づくり事業で全国の優秀な職人たちが集められたことに端を発していると言いたいですね。


 

 


 

(上川) そう、日本人の優れた技術は、日本の国内でこそ活かされるべきだとつくづく思います。モノづくりの拠点が、労働賃金の安いアジアへ流出してしまい、経済の空洞化の問題が叫ばれてずいぶん経ちますが、ここで、さきほどの地図の話じゃないですが、発想の転換が必要になってくるんです。


 

 


 

(鈴木)・・・といいますと?


 

 


 

(上川)生産の拠点を日本に戻す、ということです。トヨタ自動車の相談役・渡辺捷昭さんも、「生産現場がある産業政策に期待する」とおっしゃっていますね。海外進出をやめて戻ってくるというと、何やら後ろめたいイメージを感じるかもしれませんが、戻る、というよりも、進出先のひとつとして日本国内を選択肢に入れる、という発想でしょうか。私が訪問させていただいた静岡の企業の中には、メイドインジャパンのポリシーをとても大切にし、海外に出るか出ないかの選択を迫られたとき、出ないという決断をし、しっかり生き残っているという会社もありました。中小企業がそういう選択が出来る環境づくりというものを、国家戦略として考える時期に来ているのではないか、と痛感しました。


 

 


 

(鈴木)トヨタの相談役も同じ考えだと聞くと、重みが出てきますね。


 

 


 

(上川)空洞化が懸念された時代とは環境が大きく変わっています。ブリックスといわれる国が経済的にも台頭する一方、日本企業にとって、海外進出のメリットは着実に目減りしています。アジア諸国の経済発展にともなって人件費は高騰し、日本企業の技術ノウハウがそのまま現地に吸収されてしまう。加えて尖閣問題や竹島問題といった外交摩擦が大きなリスクになることを、昨年、身を持って体験しました。中国に変わってベトナムやミャンマーなど新興アジア国が注目されていますが、ならば、日本国内のポテンシャルを生産拠点の候補に加える、ということがあってもいいわけです。


 

 


 

(鈴木)日本にふたたび、モノづくりの活気がよみがえってくると思うと、ワクワクしてきますね。若い人の雇用につながり、元気なシニアが活躍できる場所も増えるわけですから。


 

 


 

(上川)国内で新たな生産拠点を増やすには、いろいろな手法が考えられると思います。たとえばエネルギーコストの問題がネックになっていますが、一定の条件の下で優遇措置をとるなど生産活動を後押しするような政策を考えていきたいと思っています。


 

前回の放送でも言いましたが、私は、400年の歴史を持つ城下町静岡から国会へ送り出されました。モノづくりの伝統に支えられた静岡です。このことを肝に銘じ、大切な技や伝統を、今の時代、そして次の時代につなげる使命を果たしていきたいですね。


 

 


 

           


 

 


 

 


 

(鈴木)さて今日は1月15日。あの激しかった選挙戦からちょうど1ヶ月経ちます。ふたたび議員バッジを着けた感想はいかがですか?


 

 


 

 


 

(上川)内政40年、外交100年と、日本が大きな変革を遂げなければ、次の40年、日本という国の建て直しが出来ないという覚悟で臨んでいます。しっかり責任を果たして生きたいと思います。


 

 


 

 


 

 


 

(鈴木)思えば、陽子さんは、初めての選挙で落選した後、シェイク静岡という雑誌を作られました。前回選挙で苦杯をなめた後、このラジオシェイクをスタートさせました。落選中はたとえば大学で教えるとか法人の役員になるといった人たちが多い中、陽子さんは一貫して地域を見つめ、地域の声を集め、しっかりと発信し、課題に向き合ってこられましたね。


 

 


 

 


 

(上川)浪人中、地元静岡で過ごした3年4ヶ月は、今思うと、とても貴重な時期でした。一番苦しいときに何を大事にすべきかじっくり考えて行動するということが、国政を考える上でも大事だとつくづく思いました。日本が大変なときにこうして国政に復帰できたこと、しかも歴史ある城下町静岡から送り込んでいただけたことを重く受け止め、がんばっていきたいと思います。


 

さあそろそろお時間になりました。最後までおつきあいくださったリスナーのみなさま、本当にありがとうございました。それでは、次回までごきげんよう。


 

 
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