かみかわ陽子のラジオシェイク第5回オンエア(1)ハーバード大学の寮生活

 

 


(MC高田)陽子さん、おはようございます。
 
(上川)おはようございます。
 
(高田)陽子さん、先月の放送で陽子さんが日本舞踊の名取で、「足久保茶畑音頭」という踊りの振り付けをされたとうかがいました。お盆に初お披露目されたそうですが、いかがでしたか?
 
(上川)大変な好評でした。と私が言うものなんですが(笑)、8月13日、足久保の夏祭りで地区の皆さんに踊っていただきました。事前に2回ほど練習を行ったのですが、そのときに参加された子どもたちや親御さん、お祭りに参加していた若い皆さんたちも、みんな輪になって踊ってくださいました。いい踊りねとの声もいただきましたし、これから地区の行事で踊っていただけるとのこと、うれしかったですね。
 
(高田)ほかにも静岡市内各地の夏祭りや盆踊り大会に積極的に参加されたとか。
 
(上川)今年は、3.11東日本大震災があって、地域の行事も取りやめにしたところも多かったようですが、「いやそうじゃなくて、こういう時期だからこそ供養のためにやるべきだ」という声も多かったですね。
 もともと夏祭りの盆踊りはお盆の供養を兼ねています。ですから、亡くなった方たちの鎮魂や被災された地域の復興を、との思いを込めて実施しよう、という呼びかけがほとんどでした。昨年までのお祭りとは少し雰囲気が違いましたね。主催者のご挨拶のなかでも、3.11に触れながら、地域の絆を深めるためにもこうした夏祭りなど各種の行事を大切にしていきたいというメッセージが多かったです。
 
(高田)お祭りというのは、地域のコミュニティの絆や大切さを再認識できる場所ですね。つねに地域に目を向ける陽子さんの活動に、ますます期待したいところです。ここからは聞き手のコピーライター鈴木真弓さんにバトンタッチしましょう。
 

 
(上川)改めまして、みなさんおはようございます。上川陽子です。ラジオシェイク、今日も30分、よろしくおつきあいください。
 
(鈴木)おはようございます。さて、先月の放送で、陽子さんが80年代に日本人女性として初めて、ハーバード大学の政治行政学大学院に留学された、いわば、知のナデシコだったというお話をしましたね。日本人女性初って考えてみるとスゴイことで、もっと注目されてもいいような気がします。そこで、陽子さんにもう少しハーバード時代のことをうかがいたいんですが、そもそも留学のきっかけというのは?
 
(上川)私は大学を卒業してから三菱総合研究所というシンクタンクに勤めていました。私の研究テーマの一つは、情報化時代の政策研究。今でこそコンピュータが身の回りにあるのは当り前ですが、当時は家庭にようやくファックスが入ってきた時代でした。コンピュータ技術とコミュニケーション技術が、それぞれ別々に発展してきたのが、技術融合し、まさに社会変革が起きようとした。「コンピュニケ?ション」という造語で表現された時代です。
 
(鈴木)今でいう「IT」の前段階の言葉ですね?
 
(上川)そう、今のデジタル時代の初段階ですね。当時、時代の潮流は、すべてアメリカから始まっていました。何でもアメリカは10年先を行っていました。今は瞬時ですけどね。私の研究テーマも、まさにアメリカの10年遅れで追随していく。最も最先端のアメリカでの動きを学ばなければ、日本は追いつくことはできない、日本の将来は作れないと考え、少しもどかしい思いで研究していました。ハーバード大学にその分野の権威者がいたので、その先生について学びたいと思い、留学を決意しました。
 個人的にも、研究者として7年経っていたころで、若干、踊り場にいて悩んでいた時期でもありました。もっと自分自身の領域を広げたいという思いもありました。
 
(鈴木)初めての日本の女子留学生ということで、周囲の反応はいかがでしたか?
 
(上川)キャンパスの中ではとても大切にしていただきました。2年間、寮生活でした。アメリカ人の大学院生にまじって、留学生も一緒の寮で、150人くらいが生活していましたね。
 当時、外国人留学生では日本人が一番多くて、日本人だけのコミュニティが出来ていました。しかしその中に入ってしまうとせっかくの留学の意味がないので、積極的に地元アメリカ人の中に溶け込もうと努力しました。寮では仲のよい友達も増え、今でも、世界に友達ネットが広がっています。私の財産です。
 
(鈴木)日本の文化を紹介するというような機会は?
 
(上川)自作自演でいろんなことをやったんですよ。ヤキトリ料理で「ヤキトリパーテイ?」をしたり、「日本の夕べ」と題して、本邦初演の着物の着付けの実演とメアリーという友達のピアノで、荒城の月や出船、さくらさくらなど日本の歌を歌いました。
 着物の着付けは大好評で、肌襦袢を着つけるときなどは「人前で下着の着替えを披露するなんて、めったにできないわよ」とひやかしながらアメリカの友人たちに着付けをしてあげたりしました。私は、やはり「やまとなでしこ」なのでしょうか(笑)。(つづく)
 
 

 

 

 
 

 

 

 
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