第35回 「世界の菓子まつりと桜イベント」(3月19日オンエア)

2013-4-24 13:58 投稿者:  himawari

(上川)リスナーのみなさん、こんばんは。上川陽子です。

 

(鈴木)コピーライターの鈴木真弓です。よろしくお願いいたします。さあ、春3月卒業シーズンです。ついこないだ卒業式の思い出や、来賓として招かれた小学校の卒業式でのエピソードをうかがったと思ったら、もう1年経ってしまいました。今年の春は、また格別な思いで迎えられたんじゃありませんか?

 

(上川)そうですね、衆議院議員として、日々、国の大切な予算配分に向き合う緊張感と責任感あふれる年度末、といった感じです。今、ちょうど平成25年度の本予算審議が行われていますが、この審議の様子を国民の皆さんが目を丸く見開いて見て下さっていて、その中に身を置かせていただくことが本当に嬉しく、日々充実感を感じています。私は性格的にも、難しい課題やプレッシャーを与えられると、よけいに「なにくそ!」と馬力が出てくるタイプなので、今の状況は、ある意味、心地がよいといいますか、毎日がほんとうに充実しています。

 

(鈴木)なにか、声のはりとか、お話のテンポなんか、以前より違うなって感じますよ。水を得た魚みたいです(笑)。

 

(上川)ありがとうございます。今、こういう仕事は自分で努力してできるわけではなく、皆さんに選んでいただかなければなりません。私自身は社会のしくみや公共政策については学生の頃から強い関心があり、大学でも公共政策や安全保障をテーマに研究し、今は社会保障、100歳まで健康長寿でピンピンコロリで終えられる社会づくりに取り組んでいます。今、このような形で仕事できることは本当に幸せだと思っています。

 

(鈴木)たしかに、いくら自分でなりたいと思っても、自分ひとりの力ではなれない職業ですよね。それだけに利己主義の人には務まらない仕事ですね。もちろんボランティアとは違い、きちんと仕事をするために必要な経費は税金でまかなうわけで、それだけに、よけいに責任は重いと思います。

 

(上川)以前、ラジオシェイクでもお話したかと思いますが、今の若者は、自分自身で考えて自立し、周りの人々に自分のもてる力を伝え、尽くすということの幸せ感を実感してもらえるような場所があっていいとおもいますし、それが政治の場なんじゃないかと思っています。 なにも政治家にならなくても、社会に出れば、社会のしくみの課題や矛盾に出くわす機会がたくさんあるでしょう。そんなとき、自分なりに考え、工夫し、会社や地域の中で発言し、行動していける、そんな若者が多く育っていってほしいですね。私自身も、そんな若者の発言や行動の機会を、ここ静岡で作っていきたいと思っています。

 

(鈴木)確か、自民党では大学生や大学院生を対象に、議員秘書の仕事を体験するインターシップのしくみがあって静岡の小学生たちが国会見学に訪れたときのことをお話しましたが、できれば高校生や大学生にも来てもらいたいですねえ。

 

(上川)自民党では大学生や大学院生を対象に、議員秘書の仕事を体験するインターシップのしくみがあって、ちょうど今、春休みを利用して全国から集まった学生たちが働いているんですよ。1週間という短い期間ですが、たくさんの思いを持ち帰っていただけているようです。1年間を通したインターンシップのしくみもありますので、もしリスナーの中に体験したいと思った方は、気楽にアクセスしていただきたいと思います。

 

(鈴木)このラジオシェイクも、この春、進学する学生や社会デビューする若い世代のみなさんに聴いてもらいたいものですね。  さて、地域の話題にうつりましょう。3月23日(土)にツインメッセ静岡で『2013世界の菓子まつり』というイベントが予定されています。陽子さんも来賓としてご挨拶されるそうですが、どんなイベントですか?

 

(上川)3月23日から31日まで8日間、ツインメッセで開かれるお菓子のイベントです。静岡県洋菓子協会の鈴木敏之会長が組織委員長を、県菓子工業組合の杉山孝俊理事長が副委員長を務める県内お菓子業界あげてのお祭りです。4年に1度の開催なのでオリンピックと同じですね。私は食育担当大臣を務めた経緯で、毎回ご招待をいただいています。世界でもトップクラスの洋菓子、和菓子のプロ職人たちが、この日のために制作した素晴らしい作品を展示します。有名パティシエのピエスモンテも見どころですよ。

 

(鈴木)ピエスモンテって、ウエディングケーキのように、精巧なあめ細工でデコレーションされた塔のようなお菓子のことですね。

 

(上川)そうです。料理百科事典によると、昔は食べられないものを濫用した装飾品で、巨大な建築物風に作られていましたが、パティスリーの分野で19世紀以来、装飾用の菓子として盛んに作られるようになったそうです。公式の食事や宴会などで、その会の目的に沿ったテーマで形作られます。竪琴、ハーブ、籠一杯に盛られた収穫物、白鳥、地球儀や滝、建築物では寺院、野外音楽堂などがしばしば取り上げられ、これらをリアルに造形し、高く積み上げて飾り立てます。まさに工芸品ですね。今回は、静岡県洋菓子協会さんが、駿府城天守閣と大御所花見行列を再現するそうですよ。

 

(鈴木)それは楽しみですね。でも見物するだけですか?

 

(上川)心配しないでください、ちゃんと試食や販売コーナーもあります。世界の有名メーカーや全国の名産品が集まります。当日でも参加できる手作りお菓子教室もありますよ。

 

(鈴木)甘いもの好きにはたまらない、メタボな人には要注意のイベントですねえ。

 

(上川)ほんと、お菓子というのは、洋の東西問わず、いつの時代も、老若男女、誰もが魅了されます。私たちもふだんは硬いテーマで話しますが、こういうテーマになると笑いが止まりませんよね(笑)。 日本の洋菓子の歴史を紐解いてみますと、16世紀にキリスト教を布教するために日本へやってきた宣教師が、街頭での伝道の際、集まってきた日本人に、洋酒やカステーラ、ボーロ、カルメル、コンペイ糖など南蛮の珍しい嗜好品を配ったといいます。

 

(鈴木)甘いもので洗脳しようって作戦だったんですね(笑)。

 

(上川)織田信長や豊臣秀吉が政権を握っていた安土・桃山時代、特にその後期に外国との交易が始まるとイスパニアやポルトガルの珍しい外国のお菓子が九州地方から入ってきました。カステラはや金平糖も、もとを正せばポルトガル語ですし、カルメ焼きはスペイン語の焼き砂糖を意味する[caramelo]に端を発しています。ボーロもポルトガル語の[bolo]ですね。福岡の代表的な名物である「鶏卵素麺」や「玉子素麺」も長崎の唐人から伝授された南蛮菓子の1つです。 (鈴木)日本人は450年以上も前から西洋の甘いものに魅了されてきたんですねえ。

 

(上川)静岡県ゆかりのお話では、幕末、伊豆下田の玉泉寺に滞在していた米国の総領事、タウンゼント・ハリス。彼には、滝蔵という身の廻りの世話をするボーイ(給仕)がいて、料理も作っていました。滝蔵は、英語は話せないのにハリスのいう事は何でも判ったのだそうです。  ハリスが交渉のため江戸に出ると、滝蔵も麻布十番近くの善福寺(米国公使館)に共に移りました。彼はここで公使館員全員の食事から公式料理までまかなっていました。「パン焼きからプッチングのようなもの」まで作っていたのだそうです。この《プッチング》が今のようなカスタード・プディングを指すのか詳らかではありませんが、とにかく大変腕がよかったそうで、1860年(万延元年)に、ハリスがプロシア使節のオイレンブルグ伯爵と午餐を共にしたとき、伯爵は「素晴らしい正餐で、こんな良い物は幾月間も食べなかった」というほど感動したそうです。ふだんは「日本の牛肉はいつも固く、噛むと上顎痙攣を起こす」と、専ら野菜を食べていた人でした。

 

(鈴木)・・・たかが料理、されど料理で、おいしいものが歴史を変えることもあるかもしれませんね。

 

(上川)外交の舞台で食が果たす役割は極めて大きかったといえるでしょう。静岡でも徳川家康公400年顕彰イベントが近いですが、地元の食文化で全国の方々をもてなすという視点が重要になると思います。

 

(鈴木)さきほどの職業選択の話じゃないですが、垣根なしに人に喜んでもらえる仕事です。パティシエのすごい技を間近に見て、将来、自分もパティシエになりたい、お菓子屋さんを開きたいと夢を持つ子どもや若者が増え、平成の時代の滝蔵さんみたいな名人が育つといいですね。

 

(上川)今、東京の議員会館では自分自身で美味しいお茶を淹れておもてなしができるよう、煎茶の作法を身につけようと思っているんです。日本茶インストラクターの方々は、お茶に対する作法や深い造詣もお持ちですよね、私も準インストラクターぐらいになれるよう努力したいですね。ぜひ議員会館のほうへお越しいただきたいと思います。 ♪   

 

(鈴木)さて、もう一つ地域の話題として、そろそろお花見シーズン到来ですね。 

 

(上川)真弓さんは静岡市内のサクラの名所と聞いて、どこを思い浮かべますか? 

 

(鈴木)そうですねえ、やっぱり通学路に近かった駿府城公園やお浅間さんでしょうか。

 

(上川)人それぞれ、思い出のサクラってあると思います。静岡市内では足久保地区で108本のサクラを植えて新たな名所にしようという動きもあります。

 

(鈴木)いいですねえ。陽子さんはサクラと聞くと、どんな思い出がありますか?

 

(上川)ちょっと不謹慎かもしれませんが、梶井基次郎の短編小説『櫻の樹の下には』で、冒頭の「櫻の樹の下には屍体が埋まっている」というショッキングな書き出し。花の美しい生の真っ盛りに、死のイメージを重ね合わせることで初めて心の均衡を得て、不安感から開放される、という主人公の心理描写ですね。学生の頃読んで、強烈な印象を受けました。

 

(鈴木)桜の花ってつぼみのころは可憐で、満開になるとその美しさに圧倒され、散り際はなんともはかなげです。日本人の人生観とか死生観に結びつくようです。

 

(上川)あとはワシントンDCのポトマック川の桜並木ですね。日米友好のシンボルであり、世界の名所の一つになっています。毎年3月末から4月のはじめにかけてシーズンには、盛大に「桜まつり」が開催され、全米から観光客が訪れ、パレードやその年の「桜の女王」が選ばれます。 

 

(鈴木)そもそもどんな経緯でワシントンにサクラが送られたんですか?

 

(上川)明治の終わりごろ、当時のアメリカのウイリアム・タフト大統領夫人の希望により、当時の尾崎行雄東京市長がプレゼントしたものです。明治の終わり頃、アメリカでは来日経験のある学者や作家たちの間で、日本の桜を讃える声が相次いでいました。「アメリカ本国の人たちにもあの美しい桜を見せたい」ということで、当時の大統領夫人もこれに賛同し、日本政府も動き出たのです。  桜の寄贈を託された尾崎東京市長は早速、桜2千本をアメリカに贈りましたが、実は、ワシントンに到着した頃には、おびただしい数の害虫が発生し、焼却を余儀なくされたんです。再び計画を進めるため、尾崎東京市長は農商務省の古在農学博士に、害虫に強い桜の苗木の調達を依頼しました。博士は当時、日本で一番有名な静岡県の興津園芸試験場で接ぎ木という方法で、丈夫な苗木を育てる計画を打ち出しました。 

 

(鈴木)あら、静岡とゆかりがあったんですね!

 

(上川) 穂木は東京の荒川堤の桜並木から取り、そして、病気や害虫の少ない台木づくりは、植木の産地として高い園芸技術をもつ大阪伊丹の東野村に託されました。東野村では、村中の人々の努力のかいあって丈夫な台木が作られ、明治45年(1912年)、横浜港から出港され、無事アメリカに到着しました。一本も病気がない苗木に検査官も感嘆の声を上げたそうです。日米親善の証である桜はその後、多くの人々の熱意によって守られ、見事に成長していきました。

 

(鈴木)へえ、あの有名なサクラが、東京と静岡と大阪の力の結集だったなんて、知りませんでした。 

 

(上川)大正4年(1915年)には、アメリカ側から感謝のしるしとして、ハナミズキが日本に届けられました。ハナミズキは花ことばが「返礼」。アメリカでは最も愛される木のひとつです。平成15年(2003)には、日本から桜が送られてから90周年を記念してワシントンの桜の苗木を州協会全米協議会より日本へ贈られ、全国各地で植樹されました。静岡市でも流通センターの周辺に植えようという計画がありましたが、自然保護地域に指定されている麻機沼一帯に外来種を入れることには問題があるとのことで、中止になったそうです。 

 

(鈴木)今年2013年は100周年じゃないですか。 

 

(上川)どんな形であれ、静岡でも何らかの記念イベントができるといいなと思います。 

 

(鈴木)ところで静岡の春祭りといえば、静岡まつりと夜桜乱舞が有名ですが、来月14日の日曜日には、梅が島のコンヤ温泉でも春まつりが開かれます。夜桜乱舞の皆さん方がコンヤ温泉まで泊まりがけで出張して、桜の木の下で踊るそうですね。 

 

(上川)そうなんです。静岡まつりが都市部のお祭りだとしたら、コンヤ温泉春まつりは中山間地のお祭りとして、同じ静岡の春祭りですから、大いに盛り上げていきたいと思っているんです。実行委員会では、桜の木の下で一緒に踊ってくれる人を募集中で、参加者にはたくさんの特典があるそうですよ。 

 

(鈴木)たとえば? 

 

(上川)4月13日土曜日に梅が島の民宿や旅館に泊まって参加してくれるグループのみなさんは、先着100名なんですが、1泊3食付で4500円、無料送迎つきというサービスなんです。 

 

(鈴木)えっ! 1泊3食送迎付きで4500円!?  

 

(上川)主催の梅が島コンヤ温泉観光組合はじめ、地域をあげてのイベントです。こういう機会を活かして、都市部のみなさんが中山間地に足を運び、交流を図っていただきたいと切に願います。詳しくは梅が島コンヤ温泉組合、電話054−269−2224までお問合せください。 

 

(鈴木)ほんとうに見逃せないお知らせですね。 

 

(上川)さあ、そろそろお時間となりました。最後までおつきあいくださったリスナーのみなさま、ありがとうございました。それでは次回まで、ごきげんよう。