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かみかわ陽子

活動報告国会活動

ハイチ共和国視察記 

2002年5月

青少年のための「エイズ予防教育センター」にて5月11日、国連こどもサミットに参加した翌日、私たちはカリブ海に浮かぶ小島ハイチ共和国の空港に降り立った。ハイチは西半球で最も貧しい国だ。1995年、30年以上に及ぶ独裁軍事政権が崩壊し、アリステッド大統領の下で民主化が進められ、国の再建が始まったばかりだ。

治安がきわめて悪いため、空港から市街地までは白バイ2台とパトカー1台に乗った武装警官の護衛付き。路上には人々が所狭しと日用雑貨を並べ、中古品の衣類が軒や塀に吊るされ、女性たちは頭の上に大きな籠を載せてパンを売っている。子供たちは通りにあふれ、ゴミは回収のあてもなく無造作に捨てられ、スラムの家々が密集する。そうした雑然とした風景が目に飛び込んできた。

人口800万人、うち8割が失業者の国ハイチ。人々は何で生計を立て、どうやって生きているのか。子供たちは学校へ通っているのか。山は赤茶けたむき出しの地肌を晒し、森や緑は見当たらない。水はどうやって得ているのだろうか・・・。頭の中にあふれるほどの疑問が沸く。しかしそうした疑問も4日間の滞在の間に少しずつ解き明かされることとなった。

今回のハイチ訪問は、ユニセフ本部の招聘によって実現した。目的は、エイズ撲滅のための日本政府およびユニセフの支援活動の現場を視察し、今後の活動に役立てること。ハイチではこのところ母子感染による子供のエイズ患者が急増している。現地のユニセフ所長はその原因を、貧困と教育の不足によるものと説明し、最後に「エイズとの闘いはまさに戦争です。国が滅びるか、それとも生き残れるか。いま行動しなければ機を逸してしまいます」と締めくくった。

私たちはまずエイズ問題に取り組んでいるハイチ国立大学病院やエイズ対策研究所を訪問したが、そこでは日本からの援助や寄付で母子感染相談センターや感染症検査ラボなどが運営され、レントゲン設備なども活用されていた。さらにユニセフの援助により2歳から13歳までのエイズに感染した子供たちのための孤児院「虹の家」なども訪問した。

とくに印象深かったのは、医療、教育、養護などさまざまな分野で活動する世界各国からのNGOの人たちの頼もしい姿であった。その献身的な取り組みには頭が下がる思いであった。またどの施設でも日本からの支援が大きな役割を果たし、感謝をされていることを強く感じた。

いま日本ではODA支援のあり方が基本から問い直されている。しかし、私たちの善意が地球の裏側で多くの子どもたちの命を救っている。人道的な見地から、こうした分野へのODA支援がより広い国民の理解と共感を得られるよう祈らずにはいられない。  

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